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俺は冴えない(没ver)  作者: 田舎乃 爺
第三章 その手を伸ばして
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50 世界を見ていた魔女(前編)

「えっと……、オーガストさんってあのボケ婆さんと同一人物?」


「そうじゃよ。それともこの状態の方で話した方がいいかい? ああ、ちなみに今日の天気は――」


「分かりましたすんません! 綺麗な方で頼んます!」



 始まろうとしたループに慄いてサクはすぐさま先ほどの状態に戻ることを懇願する。慌てふためくその様子に少し笑いながらもオーガストは美女の姿に戻ってくれた。

 一瞬にして姿を変える摩訶不思議な現象なのだが、これが魔法の類とは違うということを何故かサクは感じていた。どちらかといえば自分が持っている世界から託されたもののような気がしてならない。

 そう思えてならない状態のまま、絵本にて世界が魔女を守ったという記述があったことを思い出す。それをはっきりさせるためにもとりあえず深呼吸して自らを落ち着かせ、質問すべき事柄を脳内で整理していった。



「色々と衝撃的で頭の中ぐちゃぐちゃですけども質問始めます。出来る限り嘘偽りなくお願いしますよ」


「もちろんよ。そのためにこの姿になったんだから」


「胸は何カップですか?」


「Cよ」


「マジすか盛ってません?」


「盛ってないわ。ちゃんと毎年決まった時に計ってるもの」


「それなら大丈夫そうっすね。それじゃあ次は……」



 まさかの冗談を聞き入れ、尚且つ流れるように答えてくれた。これによってかなり接しやすい存在であることを確信し、心にのしかかっていた重りが1つ取り払われたのは間違いない。

 懐が広いことはとてもありがたい。しかしながらふざけて失礼な質問を続けるわけにもいかないので、今回協力してくれたことに関しての謎を問いかけてみた。



「何で今回質問を受け入れることにしてくれたんすか。その気になれば婆さん状態でしらばっくれることもできたでしょうに」


「あなたたちが接触した『冷たい世界』との会話をまとめたものを見たの。奴が次の復活で滅ぼすと宣言したのならば、それは間違いなく実行される。それは私と世界、そして今日を作り上げた人々の努力が全てが無駄になるということ。それだけは絶対に阻止しなければいけないと考えたのよ」


「というと、やはりオーガストさんは世界に守られた魔女であり、これまで世界を見続けてきたって解釈していいですか?」


「オーガストでいいわ。質問に関してはその通り。700年を周期として我が物顔で暴れまわる『冷たい世界』を打倒する協力者として世界に選ばれた。人としての老化と寿命がなくなり、それを活用して人々を影から支援する。それが私」


「協力者ですか。もしかして世界そのものと意思疎通ができたりします?」


「言葉は介さないけど、ぼんやりとした意思は伝わってくる。最初は戸惑ったけど、今では慣れたわ」


「ほー。興味深いっすね……」



 守護騎士として活動してきたが、これまでの間でそれに似た感覚は味わったことがない。あの時のズッキーのように心の中で面と向かって話すことも無理そうな気がする。

 少なくとも1400年は生きており、その気の遠くなりそうな年月を世界と一緒に過ごしていた。それと同じ境遇に自分が立たされた時の想像が全くつかない。考え続けても無為に時が過ぎていくだけだと理解したサクは、次の質問を模索していく。

 こちらが考えている間オーガストは微笑みながら待ってくれていた。まるで我が子を見るような温かな視線に照れてしまいながらもサクは口を開く。



「あの絵本、作者はオーガストで間違いないっすか」


「ええ。絵本として子供用にかなり脚色してるけどね」


「例えばどういったところを」


「主に『冷たい世界』について。絵本なのだから救いがないとだめだということと、子供の理性を育むためには奴の身勝手な行動をそのまま書くことは出来なかった」


「なら小説や伝記として残すことは選択肢になかったんですか。そっちのほうがさらに詳しく書けると思いますけど」


「絵本だからこそ、多くの人に見てもらえると思ったからよ。ちなみにこれを書いて広めようと世界に提案したのは私。少しでもこの世界がどういったものかを知ってほしかった。私の我が儘の塊だと言えるわ」


「我が儘?」


「全てが終わればそれで良し。そう世界は考えてたけど、私はそれだけじゃ嫌だった。そこに人がいたことを、今と同じように生きていたことを伝えたい。されるがままに飲み込まれ続け、その果てに立ち向かい始めた人たちがいたことを知ってほしかった」


「その人たちって言うのは……」


「サクの想像通り、オーガニックを中心とした人々のことよ。当時そこに私も加わっていた。ちょうど700年前のことね」



 そういったオーガストの微笑みには陰りが見えた。思い出した過去がそうさせたようで、強がってはいてもかなり壮絶な経験をしたことを察することができる。



「眠りについている間も奴の負のエネルギーは世界中に漏れ出し続け、守護騎士が生み出されるまでは野放しだった。普通なら穏やかな心を持つはずの人々の心は荒み、多くの争いを生むことになった」


「そんな中で『冷たい世界』との戦いのために研究が進められてたのが『権兵衛』なんですね」


「そう。だけれど彼はソルトの手で不完全な状態で生み出され、想定以上の損害を世界に与えてしまった。力が成熟したオーガニックによって倒され、封印されたときには世界の総人口は30%まで減少していたわ」


「30%……」



 取り返しのつかないことをしたと常々言っていたが、改めてその被害を聞いたことで事の重大さを理解することができた。反省しているとはいえ、許されるとはいい難い大問題だ。

 そうだとしても『権兵衛』を、大切な息子のコウをサクはとがめる気になれなかった。親ばかであることと、救われたことによる恩義がサクの思いに強い影響を及ぼしている。もし恨みや憎しみが残っているのであればそれを代わりに受け止めることも考え始めていた。

 思い悩んで表情を暗くさせるサクに対し、オーガストはテーブルの上に置いてあった古いメモ帳を手渡してきた。おおむろにそれを受け取って走り書きされている文面を読み、サクの表情が驚きのものへと変わっていく。



「オーガニックが多くの人に何故奴を消滅させずに封印したかと問い詰められたときに出した答えよ」


「……『奴は何も知らない赤子だった』?」


「戦いの最中でオーガニックは今でいう『権兵衛』の奥を見たと言ってた。そこに可能性を見たから倒さずに封印した。彼がそういうのであれば世界と私たちは従ったけど、多くの人は不満を持ったまま渋々了承してた感じだったわ」


「そう……、だったんですか」



 その時のオーガニックは未来がこうなることを予想していたのだろうか。悪となること以外どうするべきか何も知らなかった『権兵衛』は確かに赤子と言えるかもしれない。そうだとしても数多の損害を出した『権兵衛』を許したのは『騎士』としてなのか。今になっては分からないために心がもやもやするが、とりあえずサクから言うべきことは感謝なのだろうと考えた。

 オーガニックが封印することを決断しなければ息子は出来なかったし、この一週間での出会いと経験も全てが無かったはず。楽しいことばかりではなかったが、冴えない自分にとって普通に過ごしていれば体感できない良い思い出になった。 

 割り切ることで重かった部分の1つが吹っ切れたサクは『権兵衛』のことをしっかりサポートすることを決めて前に向き直る。その手に持っていたメモ帳を返そうとしたが、オーガストは首を横に振った。何故かと問いかける前に、ページを進めることを促される。

 何がなんだか分からないままそれに従って次のページを開く。そこには走り書きで簡潔にメッセージが描かれていた。



『世界を頼む』



 たったの一言。しかしながらそこからは熱い思いが感じられるような気がした。どういうことなのかとオーガストを見れば、穏やかな口調で答えてくれた。



「『権兵衛』を封印した直後、私と世界の予想よりも早く、世界中の負のエネルギーを集結させて『冷たい世界』が目覚めたの。オーガニックはおろか仲間たちや多くの人々にもその存在のことを伝えていなかったから大混乱だったわ」


「何で教えてなかったんです。絵本だってあったはずだし、対応するならできた――」


「はっきり言うわ。世界と私の想定が甘かった。『権兵衛』との戦いが集結した後、落ち着いたところで1つになった人々に伝える手はずだった。混乱を最小限に抑えたかったからよ」


「想定外……」


「申し訳ないというしかない。それでも、オーガニックは自分が相手をすべきは『冷たい世界』だということをすぐに理解してくれた。だけど現状では倒すことは不可能。だから彼は自らと相棒の身を捧げることで奴を封印してくれたの」


「死んだんですか。彼は」


「そう考えていいと思う。実際、全てが終わったときにはもうオーガニックとローズの魔力を世界は感知することができなかった。彼らという犠牲の上に、今の世界は成り立っているわ」


「オーガニック……、ローズ……」



 スモークの地下で見た彼らの奮闘が、今の世界を支えてくれた。絵本にもあった通りのことだったが、実際に見ていた存在から聞くとなると重みが違って感じられた。

 こうした話をしてくれるオーガストの表情は進んでいくたびにさらに暗くなっていく。その悲壮感漂う姿からサクはあることを予想してしまう。つらい質問だとは理解したうえでそれを聞いてみるのだった。



「オーガストは、オーガニックのもう一人の妻だったんじゃないですか」


「……ご名答。ちなみに私は2人目。もう一人はスモークの姫だった。それぞれが子供を産み、各々の場所で育んでいったわ」


「その子たちが後のアイリスやレーナに続いたんですね。なら、俺たち親戚じゃないすか」


「そうね。そうともいえる。でも、独り立ちしたところで大事な娘から私の記憶を消し、姿をも消した私をそう呼べるかしら」


「それまでの間、愛を持って育ててたんでしょう? ならあなたは母であり、俺の親戚ですよ」


「あなたは……。いえ、前々からそうだったのよね」


「んん? どういうことです?」


「優しい考えができる人だと思ったの。あなたを育てた両親も、きっとたっぷり愛情注いでくれたんだと思うわ」


「何かそういわれると照れちゃうような……」


「照れてよし、喜んでもよしなはず。さてと、結構話したわね。ひとまずお茶でも淹れようかしら。コーヒーがいい? 緑茶がいい?」


「なら緑茶で」


「分かったじゃあテーブルの向こうの椅子に座って。立ったままも疲れちゃうでしょ」


「お言葉に甘えまーす」



 椅子から立ち上がったオーガストは棚へと向かい、サクは指示通りに椅子に腰かける。オーガストが座っているものと同じで、とても座り心地のいい革製の椅子だった。

 今回の質疑応答に対応してくれたこと、そして絵本と『権兵衛』のことや、オーガニックの末路とオーガストが彼の妻であったこと。様々なことが聞くことができたが、まだ聞きたいことがある。ごちゃごちゃになり始めている頭の中を整理しながら、サクはオーガストがお茶を淹れるのを静かに待つことにした。



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