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俺は冴えない(没ver)  作者: 田舎乃 爺
第三章 その手を伸ばして
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46 思いを胸に

「ふぅー……」



 朝食の席におけるため息よりもさらに大きいため息を漏らす。背後の部屋にはすでにフィーネスはおらず、残されたバスローブ姿のサクは広めのバルコニーにある椅子に腰かけて休憩していた。

 凄まじい攻勢だったが、フィーネスはこちらからも動いてほしいと身を委ねた時もあった。某MS小隊隊長の名言に従って守らずに攻め続けてはみたがものの数秒で果ててしまったのが悔しい。それだけ恐ろしいほどにフィーネスは素晴らしいものをお持ちの方でした。

 圧倒的な疲労感もいつもより効き目がいいお薬を飲んだことで綺麗に吹き飛んだ。固形なのに即効性があるっていうのが怖い。思い切って何をしたらこんな薬ができるのかを去る前に聞いてみたが、甘いキスをされてはぐらかされてしまった。それで黙った自分も自分である。

 こんな感じで物思いにふけるうちにも何だかんだで時間は過ぎ去っていく。数分後に体が元に戻るので、部屋に予め用意されていた服に袖を通して旅館のフロントに向かう予定。サクの分の荷物はエルフたちが用意してくれるとのことなので気にすることなく行けるのだが、まだここから動くにになれずにいた。

 眩しすぎず、熱すぎない日差しはバルコニーを照らし、澄み切った空気はサクに安らぎを与えてくれる。動きたくないと思えるこんなにも心地よい空間のそばで激しく身を重ねあってたとか信じられない。

 とりあえず元に戻るまではここにいることを決めたサクは背もたれに寄り掛かってその時を待つことにした。元気なままのムスコにそろそろ小さくなってもいいんじゃないかと心の中でつぶやいていると、バルコニーの扉が開く音がした。

 緊急の用がない限りは誰も入ってこないと聞かされていたのですぐさまその方向を見るサク。しかしながらそこには慌てているようには見えない厨房服に身を包んだ男性老エルフが立っていた。皺の目立つ体に青い瞳。年齢の割に活き活きとしている金髪は直前までかぶっていたいた帽子の癖がついている。

 朝食などを作っている存在が何故ここに来たのかと戸惑うサクに向け、片手に持つトレイの上に黄色い飲み物が入ったコップを乗せた老エルフは無表情で近づいていく。そのまま目の前まで到着し、椅子の近くのテーブルに無言のまま飲み物を乗せるのだった。

 これまでで姿を見ただけで接したこともないため、どうすればいいか全く分からない。とりあえず挨拶でもした方がいいのだろうか。戸惑いながらも口を動かそうとするサクだったが、それよりも早く老エルフが口を開いた。



「頼んだぞ、この世界のこと。年をとった俺には料理できる以外に何もない」


「……はい。えっと、失礼ですがお名前は?」


「『ルフ』。名無しのまま追放された俺が『あいつ』にもらった大切な名前だ」


「『あいつ』ってのは誰です?」


「オーガニック」


「……え?」


「俺のことはもういい。それ、飲め」


「あ、はい……」



 まさかのオーガニックの知り合いに驚きを隠せないサクだったが、言われるままに飲み物を口にする。いくつもの果実を絶妙な配合で混ぜ合わせた飲み物は最高に美味しい。それに喉越しも爽快なために一気に飲み干してしまった。

 あっという間に空になったコップをテーブルの上に置いたところでだらしなくげっぷをしてしまう。驚きを忘れて空を眺め、飲み物の余韻を楽しむサクは自らの体に予定よりも早く変化が起き始めていることに気づくことができなかった。

 それを確認したルフは無愛想な表情を崩すことなくトレイにコップを乗せて立ち去って行ってしまう。扉の所まで行ったところで我に返ったサクが急いで問いかけた。



「ルフさん! あんた、オーガニックの知り合いなのか!?」


「……旅の仲間だった。それだけだ」



 それ以上の追及を許さない雰囲気を滲ませるルフは、ゆっくりと扉の向こうへ消えていく。そんな姿を見せられれば、後を追う気になることも出来なかった。

 特に変化がなかったように思えるバルコニーでサクは体の大きさが元に戻ったのを確認するとともに、ルフから受け取った大切な思いを胸に刻み込む。無愛想でも奥には熱い思いがあるということをサクはルフから感じ取ることができたからだ。

 彼の詳細に関してはここでの戦いが終わった後、カーボン城で分かるかもしれない。あそこには絵本の著者であり多くのことを知っている存在はずのオーガストがいる。無限ループが少し怖いが、たくさんの情報が効き出せるはず。

 託された思いを胸に部屋へとサクが向かおうとしたところで、振動が伝わってきた。地震のものではない、空気中の魔力が反応して発生した揺れ。その発信源である里の訓練場の方をサクは一瞥し、早く準備するために足早に部屋へと入っていった。






     ※






 訓練場にて多くのエルフが圧倒的な力の衝突を固唾を飲んで見守っていた。彼らの視線の先には、いつも通りの勝ち抜き方式を採用したの対人訓練を勝ち抜いたエルフではない2人の騎士がいる。

 交差するように重なった彼ら専用に作られた木刀にはお互いに一切引くことなく力が流し込まれ続ける。先ほどの衝突によって外面に少し傷が入ったが、内部も少しずつ彼らの力に耐えられずに崩壊し始めていた。

 強大な力を有する相手を見て、テンガとロースはそれぞれに心の底から楽しそうな笑みを浮かべる。これまでの4日間において訓練でぶつかり合う時が2人には楽しくて楽しくてしょうがなかった。

 ほぼ同じタイミングで木刀に力をさらに込めた後、両者とも一歩下がってからすぐさま攻撃に転じた。テンガの振り下ろしとロースの切り上げが衝突して木刀が悲鳴を上げ、消しきれなかった衝撃が空気中の魔力に乗って拡散していく。彼らの衝突するたびに里全体が揺れてしまっているのだ。

 間髪入れず、流れるように打ち合い続ける2人。3、4、5回と全く引くことなく続く圧巻の光景に、経験豊かなエルフたちは毎回度肝を抜かれていた。自らを強者であると自負していた数日前が懐かしく思えてならないといった様子だ。

 後方に飛び退いたテンガに合わせてロースも飛び退き、向かい合った笑顔の2人は迷うことなく突きを繰り出す体勢を整える。そして足場の地面を割り砕きながら突っ込んだ2人の剣先は激しく正面からぶつかりあい、今日一番の衝撃を周囲に撒き散らす。

 さらにここから続くと思われたが、限界を迎えた2人の木刀が持ち手の部分を残して消し飛んだ。内と外の膨大な負荷に耐えることができなかったようであり、これがいつもの終わり方でもあった。



「これで終わりか。どれだけ工夫しても6回が限度のようだ。今日も楽しかった。ありがとう、ロース」


「こちらこそありがとう、テンガ。最高のひと時だった」



 笑顔のまま2人は固い握手を交わす。お互いを認め合う騎士たちに向け、見守っていたエルフたちが拍手を送っていた。

 恐らくこれで最後になる里での合同訓練を締めくくるため、里防衛隊の隊長である『ガルフレア・ピクシー』がエルフたちの中から一歩前に出た。満足と行った輝かしい笑みは真っ直ぐにテンガたちに向けられている。



「今日まで本当にありがとうございました。我々がまだまだ未熟であったことを学び、さらたる高みを目指そうと思えたのはテンガ様とロース様のお陰です」


「そんなことはないさ。君たちも十分に強い。平均1000年という長寿を活かせば私よりも遥かに強い存在になれるだろう」


「今のままでいいならばそれまで。しかし、苦労はあっても努力を重ねれば機会を手に入れることができる。それをわが物とし、活かすことができれば強くなれるはずだ」


「ご助言、ありがとうございます。その言葉を胸に我々は精進してまいります。重ね重ねになりますが、本当にありがとうございました」



 ガルフレアが頭を下げ、それに続いて他のエルフたちも深々と頭を下げる。テンガたちに触発された彼らは意欲に満ち溢れているというのが、その姿から理解することができた。

 エルフたちが顔を上げたところで4人組が訓練場の入り口でそろそろ時間だということを体を使って伝えているのが見えた。それを受け、ガルフレアは表情を引き締める。

 


「手筈通り、我々はあなた方の後方支援に回ります。この里のことをどうかよろしくお願いします」


「ああ。まかせておけ」


「君たちの思い分、この里を脅かすモツを叩き伏せてやることにしよう」


「頼みます。それでは」



 ガルフレアは防衛隊とともに訓練場を手早く片付けると持ち場につくようにと指示を飛ばし、自らも任されたところ部下たちと一緒にへ移動していく。そうした中でもテンガたちから見えなくなる直前で、熱いまなざしを向けたまま深々と頭を下げた。その様子から、里を大切に考えていることがしっかりとテンガたちに伝わってくるのだった。

 託された思いを胸にテンガは歩いていったのだが、ロースが動かないことに気付いて足を止める。振り向いた先には刃の部分が消し飛んだ木刀を眺めるロースの姿があった。

 それを見た瞬間、ロースが何を考えているかをテンガは理解してしまった。同時に自らもそのことを考えて少し暗くなってしまったが、すぐに思いを切り替えてロースに語り掛ける。



「最後は、最高の戦いにしよう。ロース」


「……そうだな。ああ、そうしよう」



 里での戦いが終わり、その後の世界を救う戦いの果てに待つであろう、2人の戦い。それは望むことでもあり、永遠の別れであることも理解していた。

 絶対に避けられない戦いを最高のものにすることを誓った2人は、ガルフレアたちから託された思いを胸に訓練場から出ていく。悲しみと喜びを胸に秘めながら4人組と合流し、里の南部にある滝へと目指して進んでいくのだった。



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