10 異世界のバナナにご用心
騒動が終わり、サクとハクはようやく朝食にありついていた。夕食もそうだったが、ここの料理はかなりおいしい。
ホール内には他にはゲイリーとカーラだけが残っていた。気を失ったアイリスはすでに部屋へと運び込みが完了している。
朝からこんな調子だと、先が思いやられる。すでにへとへとになっていたサクは小さくため息をついた。
「さて、移動開始まで少し時間がありますね。サク様には今の我々の状況をお伝えしましょう」
「そっか。夕食も襲撃で中断したから、まだ何も詳しいことは聞いてなかったな」
とりあえず何もすることのないサクは、またあの症状を発生させる可能性があるアイリスに付いていくことを決めていた。
好意を寄せてくれる存在を放っておくことはできない。それと、吸引は嫌だがまたディープキスをしてもらえるかもしれないという欲望がサクを動かしていた。
そんな考えを見透かされたのか、右隣で座っていたハクが詰め寄ってくる。
「ディープキスなら私がいつでもしてあげるよ」
「マジか。なら今頼むわ」
「分かった!」
「え、ちょ――」
サクが冗談で言ったことを真に受けたハクが勢いよく唇を重ねてきた。朝食の最中だったためか、調味料的な味を侵入してきたハクの舌から感じた。
精神はまだ幼い少女のまま。しかしながら、昨日の公園とはわけが違う。嬉しそうに舌を絡めてくるハクに、サクは真っ赤になって硬直することしかできなかった。
こんなにも綺麗で可愛い少女とディープキスをしている。喜びの絶頂を通り越してサクの頭の中は真っ白になっていた。
キスを終えたハクは、満面の笑みを浮かべていた。
「えへへ。サクの味がした―」
「あ……、そう。大変おいしゅうございました……」
「……よろしいですかな?」
まだ頭がぼーっとしたままサクが前へ向き直ると、こちらを羨ましそうに見つめるゲイリーがいた。
コップの水を飲み干し、両頬を叩いてサクは気分を入れ替えた。しかしながら、抑えられない生理現象を隠すためには内股にならざるを得なかった。
こちらの準備が整ったことを確認したゲイリーは一度短く咳払いして、説明を始めた。
「我々が今いるロメルは、グリール王国が統治するプレート大陸の南西に位置する街です。アイリスお嬢様率いる遊撃部隊は、南西の端にて独立を宣言したコンロ帝国を成敗するためにやってまいりました」
「帝国? もしかして俺って戦争か何かに首突っ込もうとしてる?」
グリルに続いてコンロときたか。突っ込みたい気持ちを抑えつつも、帝国だとか成敗するとか物騒な単語を聞いたサクは眉をひそめる。
もしかしてデカい球状の兵器とか、アイリスの父親が黒いマスク被って現れたりしないだろうかと、しょうもない想像が脳裏をよぎる。しかし、現実はそんなには甘くないはずだ。
行く先の不安を感じてサクが表情を曇らせると、ゲイリーは笑った。
「いえいえ、そんな大事ではありませんよ。よくあることなんです」
「よくある……のか」
「ええ。昨晩話した邪悪なる存在。それらに感化された人々が結束してよく小さな帝国を作り上げるんです。700年続くグリル王国において、今回を含めるとこれまでに生まれた帝国の数は52もあるんです」
「52ぃ!? 建国し放題だな」
「驚きますよね。他国の方にこのことを話すと毎回驚かれます」
そんなことがあってもいいのか。というかそんなに頻繁に邪悪なる存在が生まれているということにもサクは驚く。
「守護騎士もその度に活躍してたのか?」
「ああ、その点については大丈夫です。昨晩話そうとしたのですが、邪悪なる存在は約1年経てば自然消滅するんですよ」
「そうなのか。あれ? でもそうなると守護騎士っていらなくないか?」
「いえ、間違いなく必要な存在です。邪悪なる存在は人だけでなく、あらゆる生物、物、土地に憑依するのです。少しでも被害を抑えるためにも、一瞬で消滅させられる守護騎士はなくてはならない存在なんです」
「ほえー。大変なんだなー」
「ですが安心してください。行動の自由は保障されていますし、嫌ならば国からの要請を断ることもできます。歴代の守護騎士には一切手を貸さなかった者もいたらしいです」
人としての行動と意思の自由はあることに安心したサク。穏やかで特に何も起きることのない冴えない生活を送ることも可能なわけだ。それだけでも知れて嬉しい。
とはいっても、その力を持っているのにも関わらず協力しないというのは良心が許さない。できるだけ、可能な限り手を貸そうとサクは考えた。
ゲイリーはその腕にしていた時計をちらりとみた。まだあと少し時間はあるようで、話を再開した。
「我々の成敗は、邪悪なる存在に取りつかれた者を特定して拘束、監禁することが最大の目標です。その上で戦うこともありますが、殺生は絶対にしません。悪いのは邪悪なる存在であって、それに操られる人々にはなんの罪もありませんからね」
「ほー。たとえ操られた人々が本気で殺しにきてもそれは守るのか?」
「はい。それを実行するだけの鍛錬は十分に積んでいます。心配はご無用です」
強い意志のこもった視線をゲイリーは向けてくる。少し前はカーラにでれでれだったエロ爺だとは思えない風格に、サクは素直に感心していた。
公私は完全に分ける。サクもそういった面では見習いたいと思った。できるかどうかとなれば話は別だが。
「それにサク様が現れたことで、先ほども説明したように、早期に決着がつくことが予想されます。今後も手伝っていただけると、とても助かります」
「まあ、アイリスのこともあるから、最後まで協力しようと思う。また強力な魔術師が出てくるかもしれないからな」
「その件については、不覚でした。まさかあのアージュが感化されるとは」
「あの婆さんって結構有名人だったのか」
「はい。このグリル王国の最古参の魔女の弟子で、多くの魔法を駆使して王国に協力してくれていました。恐らく、彼女が今回の成敗において最大の壁となる存在でしたね」
「おお、本当に凄い婆さんなんだな」
「ですが、サク様が祓ってくれたくれたお陰で、今は意識を取り戻して首都へと帰っていきました。彼女の話によれば、お嬢様の呪術はもう大丈夫とのことでした」
「……ついさっきあんなことになったけどな」
「それに関しては……、現在調査中です」
あの婆さんのお陰でひどい目にもあったし、少しいい思いもできた。とりあえず今度会ったら感謝の言葉をかけようと思うサク。
ふと、要塞で触ったアイリスの胸の感触を思い出した。わずかにある膨らみ。それでも、十分に柔らかかったし、何よりこの手で初めて触ったおっぱいだ。忘れるはずがない。
いつかはあの胸も成長するのだろうか。そんなことを考えながら物思いにふけるサク。大きくなるそれを隠すための内股にもさらに力が入る。
「ちなみに、今俺以外に守護騎士はいないのか? さっきからの話を聞いた限りだと、俺以外にはいないように感じたけど」
「そうですね。原理は不明ですが、絶対に世界に1人しかいないようになっているんです。お亡くなりになった場合、次に選ばれた者が世界に決定されるのを待つしかないのが現状なんです」
「ほうほう。なるほど」
「あ、そうでした。守護騎士に関して、サク様に絶対に伝えなければならないことがあります。かなり重要なことです」
そういったゲイリーは、これまで以上に真剣な顔でサクを見つめる。
緊迫した空気が包み込む。サクだけでなく、左右に座っているハクとカーラも、その口から語られることに固唾を呑んで見守る。
そして、その口は開いた。
「バナナにお気を付けください。サク様」
「……バナナ?」
その単語を聞いてサクが真っ先に思い浮べたのは、某ゲームにおいてゴールデンに輝くバナナを取得した時の男性の声。あのゲームは糞難しかった記憶がある。
しかしながら、今はそんなことどうでもいい。重要じゃない。何故、何故バナナなのか。
「歴代の守護騎士は必ずバナナの皮を踏んで転倒し、その際の衝撃でお亡くなりになっているのです」
「……マジで?」
「マジです」
そんなバナナ。いや、マジでそんなことが。吉本の喜劇でもべた過ぎてやらないレベルの死因だ。
笑っていいのか分からないサクはその場で硬直していたが、左隣にいたカーラは必死に笑いをこらえていた。
ゲイリーの真剣な表情がそれに拍車をかけ、耐えられなくなったカーラが声を押し殺して笑い始めた。そりゃ笑いたいけど、実際に人が死んでおり、尚且つそれが自分と同じ使命を持った者たちの最後だとは信じたくなかった。
異世界にまで来てそんな死に方はしたくない。そう考えるサクを勇気づけるかのように、ハクはサクの右手を握った。
「大丈夫。転んでも絶対に私が受け止めてあげるから!」
「……おう。その時はよろしく」
「任せて!」
「……おや、時間がきてしまいましたね。まだ話したいことはありましたが、参りましょうか。サク様たちは荷物をまとめた後、ロビーに向かってください。私もお嬢様を連れてきますので」
「了解。それじゃーなー」
話も終わり、朝食も同時に終わった。食器を従業員が片付けやすいようにまとめ、ホールを後にした。
衝撃的な死因を聞いて、いまだに心が沈んでいるサク。ハクに勇気づけてもらったが、まだ足りない。股間の元気の塊もすっかり委縮してしまっている。
そういえば朝食で食べていたデザートの中にバナナがあった。ということはこのホテルにはバナナがある。危ないかもしれない。生きていく上でバナナに恐怖することになるなんて誰が予想できようか。
元気のないサク。だが、階段の手前でその両端からハクとカーラが腕に抱き着いてきた。
「私が受け止める! 大丈夫!」
「私もいますから、安心してくださいね~」
「……ああ。超安心する」
美女と美少女。両端からおっぱいとおっぱいに挟まれながら、サクは心の底から安堵するとともに、最高に興奮していた。
そうだ。バナナなら最初から股間にあるじゃないか。何も怖くない。いざとなれば、この最高の柔らかいものに飛び込むことさえできる。俺には支えられるおっぱいがある。こんなに嬉しいことはない。
そう考えたサクは気分を持ち直し、その階段を、希望に満ちた異世界での新たな一歩を、しっかりと踏み込んでいった。




