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俺は冴えない(没ver)  作者: 田舎乃 爺
第一章 冴えてる三日間
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09 吸われる(迫真)


 ホテルの3階のホールは魔法により修復されていた。昨晩の襲撃が無かったとも思えるほどに綺麗になっていた。

 夕飯と同様にバイキング形式の朝食。一般客の姿は見えず、王国騎士団の者たちしかいなかった。昨日の騒ぎの影響で、一般客は他のホテルや民宿に行ってしまったらしい。

 そりゃこんな怖いところには誰もいたいとは思わない。逃げ出して当然だ。というか、サクは今この場から逃げ出したかった。



「……何すればそんなに急成長するのかしら。答えなさい、サク。あんた何したの?」



 どす黒い気を放ち、笑顔で話しかけてくるアイリスが、仁王立ちでサクとハクの目の前に立っていた。場所はホールのど真ん中。その様子が恐ろしくて誰も近づいて来ようとしない。

 朝食を食べにこのホールへとやってきた直後、この状況に陥った。下手な言い訳をすれば間違いなく強烈な一撃が飛んでくるのは必至。 

 ビビりまくるサクの右腕には成長したハクが絡みついている。ワンピース越しの柔らかな胸の感触はとても心地いいが、興奮している場合ではない。若干大きくなり始めているそれを隠すように内股になったサクは、とりあえず経緯を説明する。



「そ、そんな変なことはしてねえよ。ただ一晩一緒に寝たぐらいで――」


「ね、寝たぁ!? あ、あんた、あんなか弱い少女に手を出したって言うの!?」


「違う! 寝たって言っても添い寝しただけだ! 深読みするなアイリス!」



 顔を真っ赤にして拳を握りしめたアイリスをサクは必死に止めた。これが続くとなると精神が持たない。最悪の場合を考えて、いつでも吸血鬼状態になれるように準備をしておく。

 というか、ゲイリーはどこにいったのか。部下でもあり、執事でもある彼ならばアイリスを静めてくれるに違いない。

 周囲のテーブルを見渡す。ホールの一番外側、窓際の席にゲイリーを見つけた。



「あら~、流石執事さんをやっていたゲイリーですね~。これを組み合わせればこんなに美味しくなるなんて~」


「喜んでいただけてなによりです。ちなみにこれとこれを――」


(何やってんだあのエロ爺)



 バイキングに並んでいる料理を独自に組み合わせ、座っているカーラに食べさせていた。伸びきった鼻の下、目線はカーラの谷間へと向けられている。

 アイリスが自慢の絶世の美少女だと言っていたのが聞いてあきれる。ゲイリーも間違いなくサクと同類であるのは目に見えて明らかだった。

 頼りの綱はなくなった。ここは自力で何とかするしかない。そう意気込んだサクの横からハクが言い放った。



「サクは何も悪くないよ! 恋人の私とチューしただけだもん」


「いかんハク、それは――」


「ちゅ、チュー!? 恋人!?」



 真っ赤な顔から湯気が出始めた。あかんやつや。これはマジであかん。またもそんな似非関西弁を脳内にサクは響かせた。

 わなわなと体を震わせるアイリス。さあ、今回は一体どんな強烈なものが来るのでございましょうか。気絶する程度で済むことをサクは心の中で願った。

 ゆっくりと、こちらに一歩近づいたアイリス。それと同時に体を震わせたサクを庇うようにして、ハクが両手を広げてサクの前に立つ。

 拳を振り上げた。くる。そう思ったサクとハクが身構える。だが、違った。振り下ろした拳は人差し指だけを立ててこちらを指さしてきた。



「ちゅ、チューなら私の方が先にしたわよ! あの要塞でね!」


「嘘!」


「……んん?」



 予想外なアイリスの発言に、ハクは悲しそうな顔をして振り返った。状況が理解できないサクは変な声を出すしかなかった。

 


「お、落ち着けアイリス。自分が何言ってるのか分かってるのか?」


「落ち着いてるわよ! ハクのいる場所が私じゃないことが気に入らないの!」


「全然落ち着いてないじゃねーか」



 もはやこちらの言うことには耳をまともに貸す気はない様だ。頭に血が上っているのか、完全に暴走状態だった。



「守護騎士には憧れてた。でも、それを考慮しなくてもあの要塞に単身乗り込んで私を助けてくれたサクはかっこよかった! 変態だけど!」


「変態だということに関しては否定できねえ……」


「だから、私はサクにお礼をいいたい! ありがとう、助けてくれて!」


「お、おう」



 勢いよく頭を下げたアイリス。即座に真っ赤な顔を上げ、目をぐるぐるさせながらハクを指さす。



「だからどきなさい! そこは私がいるべき場所なの!」


「やだ! 私はサクの恋人だもん!」


「2人とも、ちょっと落ち着――」


「「サクは黙ってて!!」


「あ、っはい」



 凄まじい剣幕の2人に気圧され、サクは引き下がることしかできなかった。これ以上口を挟んだら殺されるような気がした。怖い。

 どちらがサクに相応しいかで口論を始めるハクとアイリス。その物言いから考えて、アイリスがサクに好意を寄せているのは誰でも理解できた。

 サク自身は、何故こんな自分を好きになってくれたのか全く理解できていない。重要な場面ではことごとく全裸であったはずなのに。変態だとも思われているのに。

 やむことのない口論を見守る中、ゲイリーがようやくこちらへと近づいてきた。その頬には、カーラがお礼にしたと思われるキスマークがついている。



「おはようございますサク様。昨夜はお楽しみでしたね」


「やっと来たなエロ爺。どうすんだよこれ」


「そうですなあ……。収まるまで待つしかありませんな。エロ爺にはそれしかできません」


「ちなみに、どれくらいかかる?」


「もって後3分程でしょう。限界を迎えて倒れると思うので、早めに水を用意しておきましょうか」


 

 そういってゲイリーはスキップしながら水を取りに行った。その心弾ませる様子にサクは静かに苛立った。

 カーラは窓際の席でゲイリーの組み合わせ料理を食べているので、こちらに来る気配はない。しょうがなく、サクは口論をそばで見守ることにした。

 激しい言い合いが続くが、決して手を出したり、物を使おうとはしない。サクは律儀に言葉だけで争い続ける2人の姿が少し可愛らしく思えてきた。

 異性にこれほどまでに思われたことのないサク。高校の生活において女子と接することはほとんどなかった。必要最低限の会話と応答。一緒になるなんてことは絶対にありえない。異世界だから強気になっているが、元の世界のサクは高レベルのヘタレだ。

 圧倒的に魅力溢れるハク。しかしながら、どこかに可愛らしさ覗かせるアイリスも間違いなく魅力的だった。そんなことを考えつつもサクが見守っていると、変化があった。突然静まり返ったのだ。

 アイリスが限界を迎えたかと思ったサクが様子を見るために近づいていくと、信じられない光景が目に飛び込んでくる。



「……マジかよ。完全に解呪できてなかったってか」



 アイリスの瞳は赤く輝いていた。虚ろな目でサクを見つめている。



「な、なにこれ。サク、どうする?」


「とりあえず離れてくれ。俺がどうにかするから」



 不安そうな表情のハクに離れるように促し、サクはアイリスの目の前に立つ。

 要塞でどうにかなったと思ったが、甘かった。サク以外の周囲にいる者たちは、固唾を呑んで見守っていた。

 しかし、サクは気づいた。八重歯が伸びていない。どうやら呪術は中途半端に発動しているようだった。こうなると血液とか精力とかの吸収はどうするのだろうか。

 恐らく、要塞では吸収した血液と精力を通してあの呪術を吸収できたはず。どのように自らの一部を吸収するのかと身構えていたサク。その体を一瞬にして距離を詰めたアイリスに押し倒された。



「あだぁ!?」



 強く後頭部を床にぶつけるサク。その体はがっちりと押さえつけられ、身動きが取れなくなっていた。

 見ていられなくなったハクが近づいてくるが、サクはそれを目で止めた。今ここでアイリスの邪魔をしたらハクに危害がでるかもしれないと判断したからだ。

 真っ直ぐと虚ろな目でサクを見据えるアイリス。不気味な様子にサクがビビりまくっていると、静かに顔を近づけてきた。

 八重歯はないが、また思いっきり噛みついてくるのか。ヘタレスキルに負けたサクは、その瞬間を見ないために目をつぶってしまった。

 ああ、痛いのがくる。心の底で女々しい悲鳴をあげながら、その時を待った。



「……!?」



 唇に温かい物が触れた。その温かい物から伸びてきたざらざらとした触感の何かが、サクの口を無理矢理こじ開けて入り込んできた。

 痛くない。しかしながら今までに感じたことのない感覚。状況を確かめるためにサクは目を開けた。

 目と鼻の先には少し横に傾いたアイリスの顔。そしてその唇はサクのそれと繋がっていた。口の中でサクの舌を舐めまわしているのはアイリスの舌だった。 

 初めてのキスもアイリスだった。そして初めてのディープキスをもアイリスと交わすこととなった。

 こちらの唾液を分泌させるように艶めかしく動くアイリスの舌。サクははち切れそうなほどに鼓動を高鳴らせていた。周囲にいた者も、その様子を見て唖然としている。

 一体なぜこんなことを。興奮と緊張でおかしくなりそうなサクだったが、直後に始まった行為に驚愕する。



「!? おごごごごごぉぉぉぉぉ!!」



 吸われる。物凄く吸われている。呼吸が困難になる程に。唾液や、精力的なものを口を通して吸い込まれ始めた。

 その間にも、アイリスの舌は動き続ける。まるでサクの何もかもを欲するかのように。

 まともに酸素を肺に取り込めないサクは、手のひらを床に打ち付けて心の中で叫んだ。



(ギブギブギブギブ! し、死ぬ! 吸い殺される! 誰か助けて!)


「サク!? 待ってて! 今引きはがすから!」



 その悲痛の心の叫びを聞いたハクが駆け寄ってきた。押し倒したサクと熱いディープキスを交わしながらも吸引を続けるアイリスを引きはがそうとする。

 しかし、びくともしない。その他にも周囲から何人も手伝ってくれたが、全くもって動く気配がない。

 それでも諦めずに続けようとしたが、アイリスの背から放たれた衝撃波によって引きはがそうとしていた者たちを吹き飛ばした。何とか受け身をとったために被害はなかったが、邪魔するなという強い思いが衝撃波からは感じ取ることができた。

 サクが呼吸困難で気を失いかけた時、吸引はようやく終わった。涙目になりながらも、サクは鼻から酸素を取り込む。

 マジで苦しかった。本当に死ぬかと思った。サクは呼吸をすることのできる素晴らしさを人生で初めて実感していた。

 だが、サクは違和感に気づいた。アイリスの舌が動き続けている。もしやまだここまでは序章で、今からが本番とでもいうのだろうか。

 絶望が心の中を覆いつくそうとしたとき、ディープキスをしたままアイリスが何かを言う。



「ひゃく……、ひゃく……」


 

 もごもごと口を繋げながらも言ったそれは、ディープキスをしている相手の名だった。

 サクは呼吸を整え、夢中になっているアイリスに呼びかけた。

 


「……ほーい、ひゃひひふー?」


「ん? らぁに……。って」



 口を繋げたままのサクの呼びかけにアイリスは目を開けた。そして、状況を理解するとすぐさま体を起こし、サクに馬乗りするような形になった。瞳は青に戻り、はっきりと意識を保っているように見える。

 アイリスは自らの口に手を当てる。どうやら自分が何をしていたか覚えているようだった。顔を真っ赤にし、煙を上げ始めながらサクを見つめた。



「……ごめん。意識が遠のいて、サクの何かが欲しいっていう欲求に逆らえなかった」


「なるほど、それであの超強力なバキュームキスをかましてきたわけだ」


「本当にごめんなさい。てっきり完全に解呪できたと思ってたから」


「でも、最後の辺りはちょっと意識あったよな」


「えっと、それは、その、あの……」



 サクの服の胸元を恥ずかしさを紛らわせるためにぎゅっと握りしめるアイリス。だが、それでももう限界のようだ。

 河原で見た状態に近づいていることを察したサクは、気絶するまえに告げた。



「お互いに初めてのディープキスだったけど、吸引さえなければ最高だったぞ」


「さい……、こうぅ……」



 それを聞いたアイリスは限界を迎え、サクの胸元に倒れて気絶してしまった。

 高熱を帯びてはいるが、初めて気絶させた時と違って嬉しそうな笑顔だった。それを見てサクは心が揺らいだ。

 前々から思ってはいたが、純粋に可愛い。胸こそないが、それを補うほどの魅力は持っている。思い返してみれば、河原で初めて見た時から惹かれていたのかもしれない。

 静かな寝息を立てるその姿にドキドキしていると、すぐ隣にゲイリーがしゃがみ、涙を流しながらサクの右手を掴んだ。



「サク様、これからもお嬢様のこと、よろしくお願いいたします……!」


「……え゛ぇ」



 周囲を見渡せば、ゲイリー以外の団員もうれし涙を流している。これは断りづらい雰囲気だ。

 どうしたものかと考えていると、ハクが左手を掴んだ。



「サクは私の恋人だよ!」


「そうだな。そうだけど……、どうすんのよこの状況ェ……」



 波乱万丈の冴えまくっている異世界での二日目は、こんな感じで本格的に幕を開けた。

 この先どうなっていくのか、サクは不安で不安でしょうがなかった。




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