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「なにせ、君は大切な客人だからね」
そう言った老人に、私は思い当たる節がなく、内心困惑する。
(客人? まあ、呼びつけたのはこいつ、っぽいから、それもそうか)
すぐに納得し、尋ねることにする。
「そうか。ところで、あの呼び出しの書類に書かれていた、『中央教育庁令二二七号』とは一体何だ? 私は、ただ公立学校への入学試験を受けただけなのだが……」
「ああ、それね」
老人は何でもない、といった風に言ったけれども、目つきは真剣だった。
「それは本件で一番大切なことだから、早速確認しようか」
こいつは面倒な人間だ、と思った。無茶な命令を出す軍人と空気が似ている。警戒レベルを上げよう。
「ところで、君の本名は?」
……と思った矢先にこれか。気合いを入れてかからないと。
「それは、家訓により親しいもののみに話すことが出来るので。貴方とは初対面で親しくないため、教えることは出来ない」
「……失礼。私は、『O』の一族だ」
「? それが何か?」
途端、老人から失望の色と殺気を感じる。それに釣られて、執事も戦闘モードに入りかけている。
(厄介な……)
殺せないでもないけれど、殺せば面倒になるだろう。相手は仮にも『庁長官』なのだ。
「お父さんから聞いてないのかね?」
「養父は無口だったからな。戦い方位しか教わってないよ」
今度は、失望の色が消えた。これは、希望?
「……そうか、君は養い子なのか。その、お父さんの名前は?」
「ウィルだ。フルネームは教えられないが、な」
「いや、分かったよ」
ここで老人は一旦言葉を止め、中々衝撃的なことを続けた。
「ところで、君とお父さんのフルネームは、『ウィル・O・ウィスプ』と言うのじゃないかね?」
(何者だこいつ……?)
背筋に冷や汗をかき、いつでもナイフを抜けるよう少しだけ右腕を後ろに下げる。
「……中々良い線を行っている、とだけ」
「そうかい、安心したよ」
老人はほっと息を吐き。
「これで、君を処分する必要が無くなった」
一瞬で殺気が無くなった。
(……は?)
執事も戦闘モードを解いてニコニコ顔だし、老人は何か涙を堪えているし。
(良く分かんないなあ……)
状況が全く分からず、困惑していると、老人は立ち上がり、執務机のこちらから見た左手側を通り、私の目の前に来る。
(背、高っ!)
百八十センチはあるだろう。私の身長は去年の春測った時百三十センチだったので、かなり差がある。
(見上げるのがしんどい……)
そう思うと同時、老人はしゃがんで私と視線を合わせ、泣きそうな笑顔で告げた。
「改めて、『ウィル・O・ザ・ウィスプ』さん。私は『ジャック・O・ランタン』だ。ランタンと呼んでくれ」
名前がバレた。
途端反射的にナイフを抜きそうになるも、ギリギリ押し留まる。殺してしまったら、後が面倒だからだ。
喉が渇く。血の気が引きそうになる。めまいがする。必死にこらえて、何とか言葉をひねり出す。
「…………どうして」
「ん?」
「どうして、名前が分かった?」
それだけ言うと、老人、ランタンは、「本当に何も聞いていないんだね」と苦笑した。
「私は、君のお父さんの従兄弟でね。兄弟同然で育ったんだよ」
「……その割に、年老いて見えるが」
「良く言われるよ。これでも、六十になったばかりなんだけどねえ」
(こんな年老いた還暦がいるか)
混乱しつつ、眉尻を落としたランタンに、何だかどうでも良くなった。こんないつでも殺せる奴に、無駄に緊張し過ぎだ。
「ということは、養父の兄貴分だったのか?」
「そうだね。でも、彼は出来が良すぎてね。そのせいで周りから酷くプレッシャーをかけられて。……そこで手を打っておけば、彼はまだ私と共に働けたんだけどなあ……」
「それだと、私は死んでいたから、むしろ感謝すべきだな」
「お? 彼との出会いかい? 聞いても?」
「あまり気分の良い話では無いぞ?」
そう前置きし、ランタンが頷いたのを確認してから話し出す。
「一歳を少し過ぎた頃だったか。当時住んでいた村がピッグマンに蹂躙されてな。家族も、村の仲間も殺されて、ひとり嬲られていた時に、養父に助けられたんだ」
「それは、中々ハードだね……」
顔色を悪くするランタンに、私は「良くある話だ」と言う。
「その時内臓が幾つか駄目になったせいで、彼に私の子を抱かせることが出来なかったのは、本当残念だよ」
「……ウィスプ、君確かまだ十五歳だろう?」
「ん? 銃後では十三歳位から子供を産むのは普通だと、傭兵仲間から聞いていたんだが?」
「……それは一部地域だけだよ。普通妊娠するのは十八歳になってからの話。というか、君、子を成せないのかい?」
「? ああ、そうだ」
そう言うと、ランタンは頭を抱えた。空気に徹していた執事の表情も見るに、結構な問題のようだ。