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『帝国』。
それは、人類領域に残った最後の国だ。西はイベリア半島辺りの『西部戦線』。東は前世でいうポーランドを少し東に行った辺りの『東部戦線』。北はユトランド半島の『北部戦線』。南は東部戦線から伸び、中央クロアチア辺りの『南部戦線』で人類の天敵たる『モンスター』と日々闘争を繰り広げている国家だ。
その帝国の首都、ベルリンが、私の旅の目的地だった。
(どういう訳だろう……?)
確かに、私は学校に入学するためのテストを受けた。だけれど、所詮独学に過ぎないから、良くて中等部、普通なら初等部に入学する筈だし、その入学する学校も、そこら辺の地方校の筈なのだ。首都に呼ばれる理由は、全く分からなかった。
(首都、というと、国立ベルリン高等学校か? いやいや。そんなにテストの出来が良かったとは思えないし)
国立ベルリン高等学校は、入学テストで入ることの出来る数ある高等学校の中でも最高峰の学校だ。そんな学校に入学出来るとは思わない。私は自分を過大評価しないのだ。
左手にトランクを、右肩にマイスター二八九五の入ったケースをかけ、細かい癖に読みやすい市街地の地図に従って街を行く。
(平和ボケしているなあ)
街の雰囲気はひと言で言えばそんな感じで、とてもあの戦争を繰り広げている国と同じなのだとは思えなかった。子供は笑っているし、恋人は愛を囁いている。
(場違い感すげー……)
居心地が悪い。
我慢しつつ、今夜の宿を適当な安宿に取り、荷物を持ったまま呼ばれている『ベルリン中央教育庁』に向かう。
コンクリート製の五階建ての、やけに装飾のある建物が、ベルリン中央教育庁だった。
(この彫刻のカネ教育に使えよ)
未だ教育は高い金を払わなければ受けられないのだ。金を使うところを間違っているとしか思えない。
建物に入り、いかにも帰れ、といった視線を向ける茶髪の受付嬢に辟易しつつ、トランクの蓋側一番上に片した呼び出しの書類を取り出し、トランクをしっかり閉める。左手にトランク、右手に書類、右肩には銃のケースに、実はコートの下、腰の辺りにはナイフの入った鞘がある。
(完全武装か)
これは警戒されるや、と苦笑しつつ受付嬢に近付く。
「すまん。この件で呼び出された」
そう書類を提示すると、受付嬢は怪訝な表情を隠さずに「はあ」と気の抜けた返事をする。
「上に連絡しますので、しばらくお待ちください」
「分かった」
受付嬢は電話機を取り、何やらボタンを操作してから送受話器を手にする。
(音からして、帝国民間規格なら……、#一〇二か。軍なら……、今の乱数が分からないなあ)
「すみません受付です。『中央教育庁令二二七号』? の件で来られた方がいるのですが……。え? お名前と性別? ですか?」
「ウィスプ。女だ」
「ああありがとうございます。名前はウィスプさんで性別は女性です。フルネームですか?」
「済まない。フルネームは家訓で親しいものにしか話すことが出来ないのだ」
「はあ。家訓により親しいものにのみ話せるそうです。え? ええ。分かりました。失礼します」
受付嬢は疑問を抱いた表情で送受話器を起き、私に告げる。
「お待たせしました。中央教育庁長官が応対に当たります。五階の庁長官室まで、案内の者が来るので、しばらくお待ちください」
「分かった」
しばし待つと、黒いスーツを来た二人の黒人系の男が奥からやって来る。
(サングラスにイヤホン、って、どこかのエージェント?)
前世でないと分からないであろうネタに内心笑っていると、右のエージェントが良い声で尋ねてくる。
「ウィスプさんですか?」
「はい」
「案内します。荷物は彼に持たせて下さい」
銃を手放すのは、正直怖い。だけれど、慣れないと。これからしばらくお世話になる学校には、銃を持ち込めないのだから。
「……分かった。トランクは良いが、こっちのケースの中身は銃だ。丁寧に扱ってくれ」
「かしこまりました」
荷物持ちエージェントは、ヤニ焼けした声だった。
(その声で敬語は違和感が凄いよ)
案内エージェントは前、荷物持ちエージェントは後ろという、完全に挟まれた格好で廊下を進み、エレベーターに乗って五階へ。
(金かかってるなー)
噂では、民間のビルにエレベーターは無いという話だったんだけれど。公の機関だからか?
更に廊下を行き、三枚目の木製のドアの前に着くと、案内エージェントが扉をノックする。
「庁長官。ウィスプさんをお連れしました」
「入れ」
案内エージェントがドアを開き、ドアを押さえるよう中に入った彼に続いて私も入る。
「君がウィスプか、初めまして」
執務机の向こうから、白髪の枯れ木のような老人が挨拶する。
「……初めまして」
背後では、私の荷物が左手の壁側に置かれ、ドアが閉まった。私から見て老人の右後ろには、執事っぽい格好の老人がひとり。髪は黒いから、以外と若いのか? ただ、あの執事は間違いなくやり手だ。
「そう警戒しないでいいよ?」
手練れに警戒していることに気付いたのか、老人はそう言った。
「なにせ、君は大切な客人だからね」