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ガタンゴトン、と汽車に揺られながら、私は駅弁に食らいつく。
(やっぱ美味えわ)
戦場の粗雑な飯と比べると失礼な程、この『ライ麦パンのサンドイッチ』は美味い。私が働いていた東部戦線だと、たまに兵糧が不足してピッグマンの騎獣である『キングディア』の肉を調理することがあるんだけど、血抜きなんて出来てないわ筋張って固いわで食えたもんじゃないのよね。出されたら食べるけど。
それに、多分臭いのせいもある。東部戦線は、いつも腐臭と血、硝煙の臭いが充満していた。気の弱い新人傭兵が、臭いだけで嘔吐するのも、良くあった話だ。
(ピッグマンが食べることが出来るなら良かったんだけどなあ)
なんでも、人型モンスターは食べ過ぎると病気になるそうだ。だから、余程の緊急事態でも無い限り、食べることはしないのだ。
進行方向の窓側に座る私の前の席では、モッキュモッキュとサンドイッチを頬張る私を老夫婦がニコニコと見ていて、警戒してしまう。
(そんなにおかしいかなあ?)
内心で首を傾げる。何せ、私は一歳の頃村がピッグマンに襲われてから、今までずっと戦場暮らしなのだ。この世界の一般常識なんて、勉強したこと以上は知らない。
それに、そんなに綺麗な顔でもないだろう。右頬、目の下あたりには縫った跡があるし、左の耳たぶは吹き飛んでなくなっている。むしろ不気味だと思うんだけれど。
このまま無視していよう、と心の中で決めていると、窓側の老婦人が口を開いた。
「あなた、戦場帰りなのね」
一瞬誰に向けた言葉なのか分からなかったけれど、すぐに私に向けた言葉だと気付けた。
「……ええまあ」
気付けたものの、軍人や傭兵の関係者以外と話したことが無いので、何と答えるべきなのか分からない。内心冷や汗をかきつつ、何とか答える。
でも、老婦人は私の言葉に納得してくれたのか、嬉しそうに話し始めた。
「やっぱりそうだと思ったのよ! だって、帰ってきた時の貴方みたいにサンドイッチを食べているんだもの」
「いやあれはだな、君のサンドイッチが美味かったからで」
「あらやだ!」
老婦人は老爺の腕をバシバシ叩く。何だこれ?
(もしかして、これが噂のノロケ……!?)
生憎と、ノロケなんて前世でも見たことないんだけれど。
それよりも気になった点がひとつ。
「……ということは、そちらの紳士は、元傭兵か軍人で?」
すると老爺は「紳士なんて柄じゃないよ」と笑う。
「『お爺さん』で良いよ。私はね、三十年前まで徴兵されててね」
「そうそう。あの頃は良く兵士が足りなくなってね。男衆が徴兵されては怪我するか死ぬかで帰って来ていたのよ」
今の戦場では、兵士が足りなくなる、なんてことは聞かない。武器弾薬が足りなくなることはあるけれど。
育て親の話によれば、二十年程前まで、人類領域は前世で言うところのポーランド中部辺りまで押されていたそうな。ウクライナ西部辺りまで押し返したのは、ここ十年、私が育て親に拾われてからの話だとか。この老爺は、その過酷な時代を戦ったのだろう。
ただ、私はどう返事をしたものか分からず、曖昧な返事をしてしまう。
「はあ」
でも、老夫婦は嫌な顔ひとつせずに話してくれる。
「でね! 私とお爺さんは結婚したばかりだったんだけどね、お爺さん徴兵に取られちゃって。五年後にやっと帰って来てくれたんだけれど、手紙のやり取りをしていなかったら再婚させられるところだったのよ?」
「それは危ないところだったな」
「その堅苦しい言い方も戦場帰りっぽいわね! でね! 何の連絡もなく帰って来るものだから、ご馳走なんて用意出来てなくてね! 慌てて作ったサンドイッチをこの人ったら、「美味い、美味い」って泣いて喜んで食べたのよ!」
「しかし本当に美味かったんだって」
「……何となく、お爺さんの気持ち。分かるな」
そう言うと、二人は私に注目する。
「私は、物心ついた時から戦場にいたので、そこまでよく分からないが、このサンドイッチを食べた時、始めて『平和』というものを感じた。お爺さんにとって、お婆さんのサンドイッチは、そんな『日常』に帰って来られたことの証明だったのだろう」
それっぽいことを言うと二人は黙ってしまう。何か失敗したかな、と内心焦っていると、お爺さんが優しい目で私を見た。
「私よりも、過酷な人生を送って来たようだね。これからの予定は?」
「帝立の学校へ。養父との約束だったので」
「そうか。その後の人生をどうするかは君次第だけれど、その学校の生活は間違いなく君の人生に彩りを与えてくれるよ。楽しんでらっしゃい」
何だか胸が熱くなる。こういう時は、確か、そう。感謝すれば良い筈。
「……ありがとう」
「それは私達の台詞だわ。こうして汽車に揺られていられるのも、あなたが頑張ってくれたお陰でしょ? ありがとう」
老夫婦はそう頭を下げた。
(そういう考え方もあるのか……)
前世では、戦うことは悪だ、としか教わってこなかったし、今世では戦うことはクソ、としか経験してこなかった。だから、老婦人の言葉は新鮮なものに感じられた。