表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁のカトレア  作者: 四季
1.始まりの出会い
9/147

episode.8 新たな誘い

 暗い闇の中、ゼーレと名乗る謎の人物と二人きりの状況。かなり危険な状況だと、素人の私でも分かる。だが、言葉を交わしてしまった以上、今さら逃げるわけにはいかない。いや、そもそも、私一人で彼から逃げきれるわけがない。


「……いきなり何ですか」


 緊張で足が震えそうになるのを必死に堪え、平静を装いながら言葉を返す。するとゼーレは、金属製の片手をこちらへ差し出してきた。


「マレイ・チャーム・カトレア。我々のボスは貴女を気に入っているのです」

「ボス? 気に入っている? まったく分かりません」

「頭はあまりよろしくないようですねぇ。……まぁいいでしょう」


 次の瞬間。


 私の喉元に、ゼーレの真っ直ぐ伸びた指が触れていた。目にも留まらぬ素早い接近に、私はゾッとする。


「……っ!」

「拒むなら力ずくで連れていくだけのことです」


 ゼーレからはただならぬ空気が溢れ出ている。

 私では敵わない、と本能で察した。

 しかし、連れていかれるのは困る。私には宿屋の仕事やトリスタンのことがあるからだ。ゼーレがどこの誰なのかは知らないが、進んで関わりたい感じではない。


「共に来ていただけますね?」


 銀色の仮面の顔が、少し笑ったような気がした。不気味だ。

 私が答えを考えていると、彼は更に言ってくる。


「はい、か、いいえで答えて下さい。マレイ・チャーム・カトレア、どうなのです?」


 ゼーレは、私の喉元に指先を突きつけたまま、静かな声色で言ってきた。


 一応「いいえ」という選択肢もあることはあるようだ。しかし、もし仮に私がそう言っても、彼は私を強制的に連れていくのだろう。つまり、「いいえ」という選択肢はあってないようなものなのである。


 今私が選べる道は二つ。


 自らゼーレについていくか、彼に無理矢理連れていかれるか。

 それ以外はない。


「どうなのです?」

「…………」

「沈黙は『はい』だと解釈しますよ」

「……嫌」


 怖くて唇が震えた。


 私の呟くような小さな声に対し、ゼーレは述べる。


「聞こえませんねぇ。もっとはっきり言いなさい」


 それはそうだけれども。

 今の私には、そんな勇気はない。目の前の彼に対してはっきりと物を言うなど、どう考えても無理だ。


「最後の機会をあげましょう。どうなのですか?」

「……い、いいえ」


 言うや否や、ゼーレは急激に口調を強める。


「ならば強制的に連れていくまでです!」


 襟を掴まれる。

 これは本当にまずい、と、頬を汗が伝う。



 ——刹那。


「マレイちゃん!」


 焦りと恐怖で満たされた私の耳に、トリスタンの声が飛び込んできた。

 やはり彼は救世主だ。いつだって私を助けに来てくれる。


「トリスタン!」


 私は声を振り絞り、彼の名を呼ぶ。名を呼ぶことに深い意味などないが、ただ、自分の存在を示したかったのだろう。そして、助けて、と言いたかったのだと思う。


「マレイちゃん! すぐに助けるから!」


 トリスタンは怪我している。だが、その動きに鈍りはない。

 彼は手首の腕時計に指先を当て、白銀の剣を抜く——そして駆け出した。


「……なにっ」


 ゼーレはトリスタンの気配を察知し、素早く飛び退く。そのうちに、私とゼーレの間へ入るトリスタン。


「マレイちゃん、大丈夫?」

「えぇ、何とか」

「良かった。後は僕に任せて」


 トリスタンは威嚇するように、白銀の剣をゼーレへ向ける。


 長い金の髪が夜風に揺れていた。その様を眺めていると、まるでファンタジックな童話の世界に迷い込んだかのような、不思議な気持ちになってくる。


「……マレイちゃんに近づかないでもらおうか」

「それは無理ですねぇ」


 厳しい顔つきのトリスタンを前にしても、ゼーレはまったく動揺していなかった。私でもトリスタンでも、彼にとっては同じのようだ。


「今朝、巨大蜘蛛に会ったでしょう」

「……どうしてそれを」

「あれは私の手下。その娘について調査するため派遣し——」


 カァンッ!


 言葉の途中で、金属と金属の触れ合うような甲高い音が響く。

 ゼーレが言い終わるのを待たずに、トリスタンが斬りかかっていたのだ。ゼーレが機械の腕で防いだため、甲高い音が響いたのだろう。


「他人の話を最後まで聞かないとは、実に無礼な男ですねぇ」


 白銀の剣を腕で防ぎながら述べるゼーレ。仮面のせいで表情こそ見えないが、その声は余裕に満ちている。


「マレイちゃんを利用する気なら許さない」


 トリスタンはゼーレの腕に剣先を当てたまま言う。冬の夜風のように冷ややかな声色で。

 するとゼーレは返す。


「利用する気なのは、そちらも同じではないですか」

「違う」

「いいや、違いません。同じことです」


 言い終わるや否や、ゼーレはトリスタンに向けて高い位置の蹴りを放つ。トリスタンは白銀の剣を咄嗟に胸の前に引き寄せ、ゼーレの蹴りを防いだ。


 一歩退くトリスタン。

 対するゼーレは踏み込み、前へ出る。


「邪魔者は消すようにと言われているのでねぇ。邪魔するなら容赦しません」


 至近距離からのゼーレの蹴り。トリスタンはそれを剣で防ぎ、すぐに攻撃に転じる。


「容赦しないのはこちらも同じだよ」


 白銀の剣のひと振りで、攻撃しようと接近したゼーレを後退させる。


 今度はトリスタンの番だ。

 トリスタンは凄まじい勢いで剣を振り、ゼーレを圧倒する。日頃のトリスタンからは想像し難い荒々しさだ。


「……くっ。レヴィアス人にしては、なかなかやるようですねぇ」

「化け物狩りを生業としている人間だからね」

「なるほど……そういうことでしたか」


 少し空けてゼーレは続ける。


「つまり我々の敵ということですねぇ」

「そういうことになるね」

「面白い。レヴィアス人もまだ捨てたものではないようですねぇ。くくく」


 不気味な笑い方をするゼーレ。彼はトリスタンとこれ以上戦う気はないようだ。恐らく、戦うこと自体が目的ではないからだろう。


「まぁいいでしょう。いずれまた会うでしょうが、今日のところはこれで失礼します」


 ゼーレは黒いマントを翻し、闇へ溶けるように去っていく。追いかける時間もない。ほんの数秒にして彼は消えた。


 その後。

 場に残されたのは、私とトリスタン——二人だけだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ