episode.85 正しくは
私は、トリスタンとフランシスカと三人で、食堂にて話を続けた。
当たり障りのない話題がほとんどだが、それでもやはり楽しい。
化け物のいない空間で仲間と共に過ごす時間は、何にも代え難い幸せだ。贅沢な食事も、豪華な衣装も要らない。ただ、こうして落ち着ける場所があるだけで、十分である。
「そういえば、ゼーレはどこに行ったんだろっ?」
話題を振ってきたのはフランシスカ。
言われてみれば、確かに、ゼーレがどこにいるのか不明だ。
一旦別れる時、彼は「基地内をぶらつきでもしておきます」と言っていた。だから基地の中にはいると思うのだが、具体的に今どこにいるかまでは分からない。
「そういえばそうね。早く会いたいわ」
「あんなやつに会いたいなんて、マレイちゃん、やっぱり変わってるね!」
ばっさり言われてしまった。
私はやはり、少しおかしいのだろうか……。
「マレイちゃんは普通だよ!」
フランシスカの発言に対し、トリスタンはガタンと立ち上がった。彼の眉はいつもよりつり上がっているように見える。
「駄目よ、トリスタン! きつい言い方は駄目!」
私は慌てて制止した。
これ以上フランシスカがトリスタンに当たられては可哀想である。
「あ……ごめん。つい……」
トリスタンは気まずそうに漏らす。
「分かってくれればいいのよ」
「マレイちゃんはさすがに心が広いね……!」
深海のように青い双眸を輝かせながら、こちらを見つめてくるトリスタン。理由は分からないが、妙に嬉しそうだ。
その時。
ゴソゴソという音と共に、蜘蛛型化け物に乗ったゼーレが現れた。
ナイスタイミングである。
「用は終済んだのですか? カトレア」
蜘蛛型化け物が移動するため、ゼーレは歩かなくていい。そういう意味では、化け物を操れるというのも便利そうだ。乗り物も要らないし、手間もさほどかからない。極めて効率的である。
「ゼーレ!」
「終わったようですねぇ」
「えぇ、そうよ。さっき終わったの」
トリスタンは眉間にしわを寄せ、訝しむように、ゼーレをじとっと見つめている。
今の彼の顔は、いつも私に向けるような柔和な表情ではなかった。やはりゼーレのことが気に入らないのだろうか。
「傷は……どうでした?」
ゼーレは静かな声で尋ねてくる。
私はそれに、はっきりと返す。
「そんなに酷くはないわ。脇腹も軽傷という話よ」
するとゼーレは、少しほっとしたように、溜め息を漏らした。
「ほう。ま、それなら良かったです」
「心配してくれていたのね。ありがとう」
真っ直ぐに見つめながらお礼を述べると、ゼーレはぷいっとそっぽを向いてしまった。
「まさか。心配してなどいません」
せっかく良い感じだったのに、台無しだ。
……いや、この方が彼らしくて良いのかもしれないが。
「相変わらず素直じゃないねっ」
私とゼーレのやり取りを近くで見ていたフランシスカが、呆れたように笑みをこぼしながら言う。もはや安定の、はっきりした物言いだ。
それから数秒が経った頃、トリスタンが唐突に腰を上げた。
何事かと思い戸惑う私をよそに、彼はゼーレの方へ寄っていく。彼の青い瞳から放たれる、刃のように鋭い視線は、ゼーレに突き刺さっている。ただ、さすがはゼーレ。その程度では怯まない。
「……何です?」
高さ一メートルほどの蜘蛛型化け物に座ったまま、ゼーレはトリスタンを睨む。いまだに装着している割れた仮面の隙間から見える翡翠色の瞳からは、ただならぬ威圧感が漂っていた。
「マレイちゃんを護るんじゃなかったのかな」
トリスタンとゼーレ——二人の間に漂うのは、殺伐とした空気。
交差する視線が火花を散らし、私はもちろんフランシスカでさえ入っていけない。
「どうしてマレイちゃんがこんな怪我をしたのか、ちゃんと説明してもらわないと困るよ」
「貴方は関係ないでしょう。いちいちでしゃばってこないで下さい……正直、鬱陶しいです」
「鬱陶しいと思われたっていいよ。そんなことよりも、どうしてマレイちゃんを怪我させたのかの方が大事だから」
黙ったまま、フランシスカへ目を向ける。彼女はやれやれといった顔をしていた。同感だ。
「まったく、うるさい男ですねぇ。貴方には関係な——っ!」
ゼーレは急に言葉を詰まらせる。
その喉元に、トリスタンの剣の先が突きつけられていたのだった。
「説明しないつもりなら、容赦はしない」
白銀の剣の刃は、獣の牙のように、ぎらりと輝いている。
食堂という場所には似合わない。ただ、もしここが戦場であったなら、勇ましく美しく感じたことだろう。
「勘違いしないでほしいね。僕は君を仲間だとは思っていないよ」
いきなり武器を取り出したことに驚いたらしく、フランシスカは、口をぱくぱくさせていた。恐らく、制止しようとでもしたのだろう。制止しようとして、しかし、できなかった。そんな感じである。
「動かない方がいいよ。喉を斬られたくないならね」
「……野蛮人が」
剣先をゼーレの喉元へ当てたまま、さらに接近していくトリスタン。
「さて、答えてもらおうか」
「剣を下ろしなさい。そうすれば……答えて差し上げても構いませんよ」
「随分余裕だね」
「貴方が私を斬ることはない。それは分かっていますからねぇ」
ゼーレの口角がクイッと持ち上がる。余裕に満ちた笑みだ。
この状況——見た感じトリスタンが上に立っているようだが、案外そうではない。ゼーレはトリスタンを見抜いている。そういう意味では、ゼーレの方に分がありそうだ。
「カトレアの目の前で私を斬るなど……貴方には無理でしょう」
「みくびらないでもらえるかな」
トリスタンの目つきがますます鋭くなる。
「私はただ、真実を述べたまでですよ。できるのならば、とっくに斬っていたはずですからねぇ」
これにはトリスタンも口を閉ざす外なかった。
そうだった、と、私はこの時になって思い出す。
ゼーレは戦闘能力も高いが、口喧嘩は特に得意なのだ。彼はリュビエさえも圧倒する口を持っている。
不快感を露わにしながらも言葉を詰まらせているトリスタンに対し、ゼーレは続ける。
「……無意味な争いは止めましょう。心配せずとも……貴方の質問には答えますから」
するとトリスタンはやっと口を開く。
「言ったね。今度こそ約束は守ってもらうよ」
「もちろんです。しかし……前は約束を破ったような言い方は、止めていただきたいものです」
「マレイちゃんを護らなかったのは、事実じゃないか!」
「そうやってすぐに怒らないで下さい」
攻撃的な態度をとるトリスタンとは対照的に、ゼーレは冷静に振る舞っている。
今ゼーレが攻撃に転じれば、すぐに戦いが始まることだろう。
だが、ゼーレは攻めには出そうにない。無益な争いを避けようとしているのもあるだろうが、自身の体調を考慮して、という部分が大きいのではないかと私は思う。
「カトレアを負傷させたことは謝ります。ただ……」
ひと呼吸空けて、ゼーレは続ける。
「勘違いしないで下さい。正しくは、『護らなかった』でなく、『護れなかった』なのです」




