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暁のカトレア  作者: 四季
5.シブキガニとダリア

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episode.81 優しさに触れたら

 覚悟はできた。たとえどんな目に遭おうとも、私は目の前の敵を倒す。今はただ、それだけだ。


「もう動けないのかなー?」


 クロの爪が迫る。もうまもなく、私の腕に突き刺さるだろう。


 ——だが、そこがチャンスだ。

 距離が近づき、敵も油断している。その瞬間を狙えば、この危機から逃れられる確率は高い。


「ばーいばーいっ」


 至近距離にまで迫ってくるクロに、私は、右手首の腕時計を向ける。


 そして、光線を放った。


 腕時計より溢れた赤い光。それは一筋の太い光線となり、一メートルほどしか離れていないクロの体を貫いた。私がやったとは到底思えぬ、見事な直撃だ。


 クロの小さく軽そうな体は勢いよく吹き飛ぶ。そして壁に激突した。


「よし、当たった……」


 気が緩み、倒れ込みそうになった瞬間、黒いマントがひらめくのが視界の端に入った。


「カトレア!」


 駆けてきたのはゼーレ。

 彼は私のすぐ横へ座り込むと、翡翠のような瞳で見つめてきた。


「無事でしたかねぇ」

「え、えぇ。私は無事よ。ゼーレこそ、大丈夫なの?」


 なぜか私が心配されてしまっているが、本来心配すべきなのはゼーレの方なのだ。ゼーレは既に怪我しているところにこの襲撃。私より彼の方が大変なのは目に見えている。


「私はべつに……何の問題もありません。この身で戦わずとも、蜘蛛を戦わせられますからねぇ」


 そうか。

 確かに、それなら本人が動けずとも戦える。


「まったく、あのトリスタンとかいう馬鹿は……本当に使い物になりませんねぇ。わざわざ来ておきながら……非常時には帰っているなんて」

「ごめんなさい、ゼーレ。私がトリスタンに帰るよういったから……」


 するとゼーレは淡々とした調子で返してくる。


「いえ。べつに貴女を責めているわけではありません」


 彼の声色は静かだ。危機の中にいるとは思えぬほどに落ち着いている。

 だが、それだけではなく、優しさも微かに感じられた。彼は不器用だが、不器用なりに私を思いやってくれているのだろう。


「……優しいのね」


 私は半ば無意識にそんなことを言っていた。

 こんな言葉がするりと出たのは、多分、彼の優しさに触れたからだろう。ゼーレの言動から思いやりを感じられたからこそ、私も素直になれたのである。


「ゼーレ、貴方って本当は優しい人よね」


 すると彼は、頬をほんのり赤らめつつ、ぷいっとそっぽを向いてしまった。どうやら照れているらしい。少し可愛いと思ってしまった。


「私は優しくなどありません」

「そう?」

「忘れたのですか、カトレア。私は貴女からすべてを奪った人間です」


 彼の発言は間違ってはいない。

 だが、いくら辛いことだったからといって、過去に囚われ続けるのはナンセンスだ。


「貴女は本来……私を憎むべきなのです」


 ゼーレはきっぱりと言った。その言葉と声色は、一切迷いがないように感じさせる。


 しかし、彼が憎まれることを望んでいないということは、表情を見ればすぐに分かった。彼はこんなことを言ってはいるが、実際のところ憎まれ続けたいと思っているわけではないのだと、表情から伝わってくる。


「どうして? 今はもう仲間じゃない」

「……ほう。なるほど。相変わらず、救いようのないお人好しですねぇ」

「何とでも言ってもらって構わないわ」


 仲間なら、ちょっとやそっとの喧嘩くらい、起きたって悪くはない。そうやって仲は深まっていくものなのだから。



 その時。

 壁に激突して動かなくなっていたクロが、その小さな体をむくりと起こした。白い毛に包まれたネコ耳も、ピクピク動いている。


「うぅーん……結構やられちゃーったなー……」


 赤い光線が直撃したのだ、そこそこ大きなダメージを与えられているはずである。しかしクロは呑気な喋り方のまま。ダメージを受けた様子はあまり見受けられない。


「やっぱり、ボスの命令に逆らうようなことをしたらー、痛い目に遭うってこーとかなっ? こわーいなー」


 クロは、雪のように白い髪を風になびかせつつ、ゆっくりと立ち上がる。


「効いていなかったってこと……?」

「効いていないということはないはずですがねぇ」


 至近距離から攻撃を叩き込めば大ダメージを与えられると思っていただけに、少々ショックだ。こんなにあっさり立ち上がってこられるとは、予想していなかった。


「やっぱ目標は、一人に絞ろーっと」


 クロの狙いが再びゼーレに戻ってしまった。

 これでは最初に逆戻りではないか。


「まだ来る気のようですねぇ……仕方ありません」


 ゼーレは呟き、蜘蛛型化け物を自身の前へ呼び集める。

 彼自身は怪我で上手く動けない。だから、蜘蛛型化け物たちに戦わせるつもりなのだろう。


「いきなさい! ただし、火は使わないこと!」


 そう指示が放たれた瞬間、蜘蛛型化け物たちは一斉に動き出す。床を不気味に這いながら、近づいてくるクロを迎え撃つのだ。

 そして、蜘蛛型化け物にクロの相手をさせておきながら、ゼーレは私の方を向く。


「カトレア、ここから出ていって下さい」

「……え? どうして?」


 彼の瞳は真剣な色を湛えていた。


「あれの狙いは私です。貴女を追いかけはしないでしょう」

「待って。どういうことよ」

「先にここから去りなさい、と。そう言っているのです」


 割れた仮面の隙間から覗く翡翠のような瞳。それは、今までで一番美しく、鮮やかな色をしていた。


 なのに、なぜだろう。


 今ここで別れたら、もう会えないような気がした。

 具体的な根拠があるわけではない。会えないような気がする理由もない。ただ、『そんな気がする』というだけのことだ。


 ……でも。


「嫌よ。私、貴方をここに置いてはいけない」


 クロの爪に抉られた脇腹と左腕は、少し時間が経った今でも、じくじくと脈打つように痛む。出血は止まってきているものの、赤いものが流れた跡はくっきりと残っている。


 辛くて、逃げ出してしまいたい。こんな厳しい状況下で戦い続けるなんて嫌だと、そう思う。

 けれども、ゼーレを放って逃げ出すのは、もっと嫌だ。


「私はまだ戦える。だから、今のうちに、早く倒してしまった方がいいわ」


 するとゼーレは呆れたように返してくる。


「強情な女ですねぇ……分かりました」


 珍しく、早く理解してくれた。純粋に嬉しい。


「無理だけはしないで下さいよ」

「えぇ! もちろんよ!」


 体内の血を結構な量失ったからか、なんとなく寒い感じがする。それに加え、脇腹は痛いし、左腕は動きにくいし。これまでに体験したことのない、調子の悪さだ。


 だが、ゼーレが私の意見に賛同してくれたという事実は、弱った体に元気を注ぎ込んでくれた。不思議なことに、胸の奥から力が湧いてくる。


 これなら戦える。


 私は今、一切の迷いなく、そう思えた。

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