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暁のカトレア  作者: 四季
5.シブキガニとダリア

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episode.72 どうしようもない二人

 トリスタンは意識のないゼーレをアニタの宿へと運んだ。マレイがシブキガニ退治に残ることを選んだからである。


 ゼーレの応急処置は、既に宿に戻っていたアニタが行った。応急処置、と言っても、止血や傷口の消毒などの簡単な処置だけ。ではあるが、「取り敢えず死は免れただろう」と、トリスタンはほっとしていた。

 もし仮にゼーレが命を落とすようなことがあっては、信じて託してくれたマレイに合わせる顔がないからである。


 その後ゼーレは、アニタが気を利かせて用意してくれた一階の個室のベッドに、横たえられた。狭い部屋の中、トリスタンはゼーレが意識を取り戻すのを待つ。


「マレイちゃん……どうか無事で」


 静寂の中、トリスタンは祈るように呟く。

 たとえ離れた場所にいても、彼にとってマレイが大切な存在であることに変わりはない。だから、彼は今も、マレイの身を案じている。



 それから、数十分ほど経過した時。


「……カトレア……」


 ベッドに横たえられていたゼーレが、突然、はっきりしない声で何かを漏らした。

 何を言っているのだろう、と疑問に思ったトリスタンは、ゼーレに近づき耳を澄ます。


「すみません……いつも……で」


 ゼーレは、目は開いていないし、体が動いてもいない。それらのことから、トリスタンは、ただの寝言だろうと判断した。


「それでも……貴女が」


 これ以上は耳を澄まして聞く必要もない——とトリスタンが思った刹那。


「……愛しい」


 意識のないゼーレの唇から漏れた一言が、トリスタンを動揺の渦に巻き込んだ。平穏な街を突如嵐が襲ったかのように。


 トリスタンは思わず立ち上がる。


 今は弱者の立場にあるゼーレにだから手は出さない。だが、これがもし本調子なゼーレの発言だったなら、トリスタンは間違いなく手を出していたことだろう。


 それほどに、トリスタンを動揺させる一言だったのだ。



 その数分後。

 ゼーレが唐突に、上半身をむくりと起こした。意識が戻ったようである。


 彼はトリスタンの姿を発見するや否や、尋ねる。


「……ここは?」


 それに対しトリスタンは、「宿だよ」とだけ返した。

 そっけない言い方だ。その声は、マレイに話す時の優しい声とは別人のような、淡々とした声である。


「相変わらず愛想が悪いですねぇ……」

「偉そうなことを言わないでくれるかな。君をここまで運んだのは僕なんだから」


 空気は凍りつくように冷たい。

 もし仮に、この場にマレイがいたとしたら、きっと胃を痛めていたことだろう。


「ゼーレ。ちょっといいかな」


 氷河期のような空気が漂う中、先に話を切り出したのはトリスタン。


「……何です」

「君はマレイちゃんのことが好きなの?」


 トリスタンの真っ直ぐな問いに、割れた仮面の隙間から覗くゼーレの顔面が一瞬強張る。しかしゼーレは、すぐに、普段通りの表情に戻った。


「……はっ。馬鹿らしい。そんなこと、ありえないでしょう」


 否定するゼーレに、トリスタンは言葉を重ねる。


「眠っている時、『愛しい』とか言っていたけど、あれは?」

「何です、それは。ただの聞き間違いでしょう」

「いや、間違いなく言っていたよ。だって、僕はこの耳で聞いたからね」


 執拗に言われ、眉を寄せるゼーレ。


「私には意味が分からないのですが」

「だからね。君が眠っている時に、マレイちゃんのことを『愛しい』って言っていたんだよ。あれは何? マレイちゃんを好きってことじゃないの?」


 するとゼーレは、急に態度を変える。


「もしそうだったら……どうするつもりです?」


 ゼーレは片側の口角を微かに持ち上げ、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべる。少し遊んでやろう、とでも思ったのかもしれない。


「僕としては、はっきりしてもらいたいところだね。好きなのか、そうじゃないのか、どっちなのかな」


 トリスタンの表情は真剣そのものだ。

 彼の青い双眸は、鋭い光をたたえながら、ゼーレをじっと見つめている。戦闘時ほどではないが、それに近しいくらいの、真剣な目つきだ。


 そして、暫し沈黙。


 長い静寂が部屋を包み込んだ。


 トリスタンもゼーレも、何も言葉を発さない。先に口を開いた方の負け、というゲームをしているかのように、どちらも何も言わない。まさに黙り合いである。

 もともと意地を張るようなところがある二人だ。こういうことになるのも仕方がない。


 もっとも、マレイがいる時なら、話は別なのだろうが。



「……カトレアは今どこにいるのです?」


 長い沈黙を先に破ったのはゼーレ。

 黙り合いが始まり、既に十数分ほどが経った時であった。


「まだ砂浜にいるよ」


 愛想なく答えるトリスタン。


「まったく、不愛想な男ですねぇ……ま、問いに答えるだけまだましですが」


 そっけない態度をとられ続けているゼーレは、半ば独り言のような愚痴を漏らしていた。

 しかしトリスタンは無視をする。


 その態度に、「話にならない」と思ったのか、ゼーレは再び上半身を倒した。ベッドに横たわり、天井をぼんやりと眺めている。


 一方のトリスタンはというと、室内にある椅子に腰をかけながら、瞼を閉じ、唇を一文字に結んでいた。ゼーレと関わりたくない、という気持ちが、態度に露骨に表れている。


 その後も沈黙は続いた。


 マレイのいない空間でゼーレとトリスタンが共存するのは、かなり難しいようだ。間に入るクッションのようなマレイがいれば何とかなるが、二人だけとなると、弾き合うばかり。


 どうしようもない。

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