episode.71 ボスの判断
私が放った赤い光線が、爆発を起こし、砂煙が巻き起こる。今までに見たことのないような、大規模な砂煙だ。視界が一気にくすむ。
そして、待つことしばらく。
砂煙が晴れると、地面に座り込むリュビエの姿が目に映った。
彼女が着用している、肌にぴったり吸い付く黒いボディスーツは、ところどころ破れている。ナイフで裂いたような切れ目や、軽く焼け焦げたような穴が目立つ。
「やってくれたわね……」
リュビエは倒れきってはいなかった。
けれども、大きなダメージを与えられたことは間違いない。
これだけダメージを与えてさえいれば、まだ戦いが続くにしても、少しは有利に進められることだろう。
「なかなかやるじゃない」
「……ありがとうございます」
もっとも、敵に評価されても嬉しくはないが。
「だけどこんな奇跡、何度も連続はしないわ」
そうかもしれない。本当に、ただの奇跡かもしれない。だが、それでも私は、この波に乗っていく。奇跡を実力に変えることだって、不可能ではないはずだ。
「次はこちらの番ね。お返——ボス!」
リュビエが言いかけた刹那、ゼーレの方にいたはずのボスが、彼女のすぐ隣へやって来ていた。
ガシガシの赤い髪と灰色の甲冑が、相変わらず目立っている。
「何をしている」
ボスは低い声を出す。地鳴りのような、不気味な威圧感を含む声だ。
さすがのリュビエも、これには怯えたような表情を浮かべていた。彼女にも一応、恐怖という感情は存在するようである。
「し、失礼致しました……」
リュビエは少々慌てた様子で、頭を下げて謝罪する。
「必ずや任務は果たします! ですから、どうかお許し下さい!」
彼女はいつになく落ち着きのない状態だ。
ゼーレのように「使えない」として切り捨てられることを、恐れているのだろう。
リュビエはボスに仕えることを何より望んでいる。だからこそ、今こうして、焦り、怯えているのだと思う。
「どうか……!」
必死に許しを請うリュビエに、ボスはゆっくりと口を開く。
「……構わん」
「ありがとうございます……!」
不覚をとったことを許されたリュビエは、ボスの言葉を聞くや否や、ぱっと面を上げる。右手を胸元へ当て、軽く礼をする。先ほどまでの焦りや怯えは消えていた。
「ではあたしは、速やかにマレイ・チャーム・カトレアを——」
「いや。その必要はない」
「な、なぜです? あの役立たずに代わって彼女を捕らえるために、ここまでいらっしゃったのでは」
「いや。そのつもりだったが、もういい」
戸惑っているリュビエに対し、ボスはその逞しい首を左右に動かす。
「小娘はもう少し泳がせておいた方が……面白くなりそうだからな」
「そ、そうなのですか」
リュビエは戸惑った様子はそのままに、返事をしている。
いつも淡々としている彼女が、ボスの前ではこんなに焦ったり怯えたり戸惑ったりする。その事実は、なかなか興味深いと思えるものだった。
直後、リュビエがくるりとこちらを向く。
私は咄嗟に身構えた。しかし、どうも、再び挑んでくる気ではないようだ。
彼女は軽く顎を上げ、偉そうに言い放つ。
「ふん。そういうことよ」
この状況下においても、私に対しては高飛車な物言い。ボスと言葉を交わす時とはまったく異なった喋り方である。
「今回だけは見逃してあげるわ」
なんという上から目線。
思わず笑いそうになるくらいだ。
「ただ、逃れられるとは思わないことね」
そう吐き捨てると、リュビエは視線をボスへと戻す。
「では飛行艇へ戻られますか?」
「そうだな。そうしよう」
「承知しました。では、あちらまでご案内致します」
軽く礼をし、リュビエは片腕を伸ばす。すると、この前ゼーレがやってくれたのと同じように、空間がグニャリと歪んだ。歪みはみるみるうちに広がり、人が通れるくらいの大きさにまで広がる。
彼女もゼーレと同じく、あの術を使えるようだ。
それを考えれば、もしかしたらボスもできるのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、ボスとリュビエは砂浜から消えた。嵐が去るような、あっという間の退場だった。
二人が去り、少し心が落ち着いた頃、ゼーレの存在を思い出す。
私は彼の方へ視線を向ける。
——そして、愕然とした。
「ゼーレ!?」
彼が砂浜に倒れ込んでいたからである。
すぐに駆け寄る。
「ゼーレ! 大丈夫!?」
俯きに倒れ込んでいる彼の体からは生気を感じない。金属製の腕も、二本の足も、力なくだらりと垂れている。
私は砂浜に座り込むと、彼の脱力した体を抱え上げる。
すると初めて反応があった。
「……カトレア」
これまでずっと彼の顔を覆っていた、銀色の仮面が、半分ほど割れていた。
仮面が割れた隙間から覗く肌は赤く染まっている。目は閉じているようだ。
「どうしたの!? あ、もしかして、あのボスとかいう人に?」
「少しばかり……油断しすぎましたかねぇ……」
ゼーレがこんなことを言うなんて、らしくない。
らしくなさすぎて不気味だ。
「一体何をされたの」
「愚かなことですが……一発食らっただけです」
「とにかくどこかへ運ぶわ。早く応急処置をしなくちゃ」
胸を上下させながら、ゼーレは小さな声を発している。
「……すみませんねぇ」
「そんなことを言わないで。らしくないわ」
「手間を……かけさせて」
「止めて!」
私は咄嗟に叫んでしまった。
「ゼーレはいつもみたいに、嫌みを言っていてくれればいいの」
シブキガニとの戦いを続けなくてはならないことは分かっている。けれども、こんな状態のゼーレを放置しておくことはできない。負傷した人を放って戦うなんて、私には不可能だ。
取り敢えず、ゼーレをこの戦場の外へ連れていかないと。
そう思って彼を持ち上げようと試みる。だが、上手く持ち上がらない。脱力した成人男性の体はかなり重かった。
「どうすれば……」
そんなこんなで困り果てている私の耳に、唐突に、聞き慣れた声が飛び込んでくる。
「マレイちゃん!」
声が聞こえた方を向くと、高台の上から階段を駆け下りてくるトリスタンが見えた。
「トリスタン! 見ていたの!?」
「うん。何だか凄いことになっていたから、近寄れなくて。もっと早く来れなくてごめん」
よく晴れた空の青と、さらりとした金の髪。見事な組み合わせだ。何とも形容し難い美しさである。
「マレイちゃん大丈夫?」
「えぇ、私は。でも、ゼーレが……」
ゼーレは既に意識を失っていた。
頬をとんとんと叩いてみても、反応がない。
「怪我をしているの。でも私一人じゃ運べなくて」
するとトリスタンが、ゼーレの体に腕を回した。
「僕が運ぶよ。アニタさんの宿でいい?」
トリスタンの青い瞳が、真剣に見つめてくる。
それに対し、私はそっと頷いた。




