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暁のカトレア  作者: 四季
5.シブキガニとダリア

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episode.69 場面転換

 何が起きたのか、暫し理解できなかった。あまりに突然のことだったから。


「……無事ですか」

「え、えぇ。一体何が?」


 よく見ると、ゼーレがまとっている黒のマントは、半分ほど焼け焦げていた。白色の煙が漂っている。


「シブキガニとやりあっている場合では……なさそうですねぇ」


 ゼーレは、振り返りながら、強張った声で述べた。彼が向いた方へ私も目をやる。


 するとそこには、リュビエと見知らぬ男がいた。

 見知らぬ男は背が高い。二メートルは軽くありそうだ。しかも、暗めの灰色の甲冑を身につけているため、なおさら大柄に見える。

 そんな中でも、頭部だけは唯一露出しており、五十代くらいと思われるゴツゴツした顔が視認できる。


「お主が裏切るとは思わなかったぞ。ゼーレ」


 地鳴りのような声で言う見知らぬ男。

 ガシガシした毛質の真っ赤な長髪が印象的だ。


「な、何なの?」

「……下がっていて下さい」


 状況が飲み込めないため尋ねてみたが、ゼーレは短く返してくるだけ。ほとんど何も教えてくれなかった。


「ゼーレ、ボスはお怒りよ」


 リュビエは、見知らぬ男を『ボス』と呼んだ。ということは、目の前にいる彼こそが、『ボス』という人物なのだろう。


 しかし、まさかいきなり現れるとは——驚きである。


「無駄な抵抗をせず、塵となりなさい」

「嫌です」

「ならば強制的に塵にする外ないわね」


 ゼーレへかけられたリュビエの声。それは、信じられないくらい冷ややかなものだった。リュビエはもう、ゼーレを仲間だとは思っていないのだろう。


「ですよね? ボス」


 リュビエが確認すると、ボスは低い声で答える。


「それもそうだが、ただ塵にするだけではつまらぬ。我を裏切った愚か者には、死より辛い目に遭ってもらわねば」


 ボスの意思を聞いたリュビエは、彼にひざまずき、色気のある声色で「承知しました」と述べる。


「リュビエ。お主は、マレイ・チャーム・カトレアを捕らえよ。裏切り者は我がやる」

「はい。ボス」


 ボスが傍にいるからか、リュビエの声はいつもより柔らかだ。特に、ボスへの言葉を放つ際には、他よりも女性らしさのある声色になっている。リュビエがこのような柔和な印象の声を出せるとは、少々驚きだ。


 数秒後。


 灰色の甲冑をガチャガチャと鳴らしながら、ボスはこちらへ歩み寄ってきた。ゆったりとした足取りだが、それがまた、不気味さを高めている。


 私のすぐ前にいるゼーレの体が強張るのが分かった。


「大丈夫? ゼーレ」

「……貴女に心配されるほどのことではありません」


 ゼーレは淡々とした調子で返してきた。だが、平静を装っているだけだと容易く判断できる。言葉こそ落ち着いているようだが、今、彼はかなり動揺していることだろう。


「お主はなぜゆえ我を裏切った」


 少しずつ歩み寄りながら、ボスがゼーレに尋ねる。

 地鳴りのような低い声だ。


「我への恩を忘れたか」


 その声は、静かながらも、沸々と煮えたぎる怒りを感じさせる。

 私はただ聞いていただけだが、ボスの声色から、地底で密かに燃えるマグマのようなものを感じた。凄まじい迫力だ。


「……恩、とは随分な言い方ですねぇ。私は貴方に感謝など、ほんのひと欠片もしていませんが」

「そうかそうか。では、命を見逃してやったことさえ、感謝していないというのだな」

「他人の両腕を奪っておいて……感謝などあるわけがないでしょう」


 ゼーレは怯まずに言葉を返す。その様に、私は感心した。

 なぜなら、このような恐ろしい雰囲気を持つボスに言い返せるなんて、凄いと思ったからだ。

 私がゼーレの立ち位置だったなら、彼ほど強く出られたかどうか分からない。……いや、恐らく何も言い返せなかったことだろう。恐怖に支配されていたことと思う。


「両腕? そんなものが何だと言うのだ。お主には、両腕の代わりに、化け物を生み出す力を授けてやったではないか。それでもなお満足でないと言うのか」


 この時になって、私は初めて知った。


 なぜゼーレの腕が金属製で機械風なのかを。


 彼の腕が人のそれでないことは、最初に出会った時から知っていた。人間に馴染まないそれは目立つからだ。けれど、なぜ彼の腕がそうなったのか、考えたことはあまりなかったように思う。


 両腕を奪ったのが、まさかボスだったなんて……。


「お主の腕に価値などなかろう。今の状態の方が、お主の兵としての価値はずっと高い」

「……人間としての価値は、もはやゼロに等しいですがねぇ」

「そんなことはどうでもいいではないか。もはやお主に、人間として生きる道などないのだから」


 ボスの心ない言葉を聞いた瞬間、私は、半ば無意識に放つ。


「そんな言い方しないで!!」


 するとボスは私をじろりと見てきた。

 悪魔のような目つきが非常に恐ろしい。


「マレイ・チャーム・カトレア。お主は黙っているがいい」

「いいえ! ゼーレにそんな言い方をされて、黙ってなんていられないわ!」


 私の発言に、眉をひそめるボス。

 怒っているというよりは、戸惑っているような表情をしている。


「何だと?」

「ゼーレは人間よ! 感情も、優しさも、彼にはちゃんとあるもの!」

「面白いことを言う娘だ。ある意味気に入った。さらに欲しくなってきたぞ」

「そんな話をしているんじゃ——」


 言いかけた瞬間。

 耳に飛び込んできたのは、リュビエの鋭い声。


「黙りなさい!」


 彼女は高くジャンプして、私とボスの間に降り立った。


 黒いブーツは今日も、眩しいほどの太陽光を浴びて、てかてかと輝いている。スタイルの良さも健在だ。しっかりと凹凸のある体は、ダリアの陽のもとでも華やかさを失っていない。


 個人的には、リュビエは、闇で忍び寄るアサシンのような印象が強かった。しかし、明るい戦場にいてもなお、彼女は魅力的だ。

 ……彼女を称賛するわけではないが。


「マレイ・チャーム・カトレア、お前の相手はあたしよ。ボスから直々に与えられたこの任務、必ず成功させるわ。今日こそは覚悟なさい」


 ゼーレはボスと話している。だから、今彼は、私を助けることはできない。

 それはつまり、私がリュビエと、一対一で戦わねばならないということである。


 ——だが。


 今はできる気がする。戦える気がする。


 先ほどシブキガニを倒したことで、自信はついた。

 なので、私はもう怯まない。


 戦いを望みはしないけれど、向こうが挑んでくる以上戦うしかない。だから、たとえ一人でもやってみせる。可能な限りの抵抗をしてみせるのだ。連れ去られないために。

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