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暁のカトレア  作者: 四季
5.シブキガニとダリア

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episode.67 シブキガニ

 私とゼーレは、高台から、砂浜へと下りる。赤茶色をしたカニ型化け物——別名シブキガニの群れを退治するために。


 ゼーレは蜘蛛型化け物に乗っての移動だが、私は走りなので、彼についていくのが大変だ。必死である。

 けれども、ダリアのためアニタのためと思えば、少しくらい無理しても平気だ。


「待って! ゼーレ!」

「カトレア……急いで下さい。もたついていると、時間がもったいないですからねぇ」


 ゼーレはこんな時にまで


「なら乗せてちょうだいよ!」

「それはできません。この子たちはデリケートなのです」


 べつに悪いと言うわけではないが、過保護すぎる感が否めない。



 砂浜に降り立つ。

 改めて、シブキガニの大きさを感じた。高台から見下ろしても結構な大きさではあったが、同じ高さに立つと、より一層巨大に見える。日頃食べるカニとは、比べ物にならない大きさだ。


 ゼーレは蜘蛛型化け物から降りる。


 そして、高さ一メートル程度の蜘蛛型化け物を、四体作り出す。乗っていたものも含めると五体だ。恐らく、シブキガニと交戦する準備なのだろう。


「ではカトレア、行きま——ん?」


 ゼーレは言いかけて、言葉を詰まらせた。何かを発見したような雰囲気だ。

 何かと思い、私は目を凝らす。すると、明らかに化け物狩り部隊の隊員ではない人間が、数名、走ってくるのが見えた。そして、さらによく見ると、アニタの姿があることも視認できた。


「あれは……何です?」

「アニタもいるから、きっと街の人たちだわ」

「なるほど。しかし……シブキガニから逃れられないとは、何とも言えぬ弱さですねぇ」


 馬鹿にしたような調子で、くくく、と笑うゼーレ。いろんな意味で彼らしい、嫌みのある笑い方だ。


「そんな言い方をしないでちょうだい」

「おや。私は事実を言ったまでなのですがねぇ」

「事実なら何でも言っていいわけじゃないのよ、ゼーレ」

「はぁ……いちいち面倒ですねぇ」


 私とゼーレが言葉を交わしているうちに、一般の人たちは高台の方へ上がっていく。シブキガニは追ってきていない。にもかかわらず、彼らは必死になって走っていた。恐らく、シブキガニの群れから、早く逃げたかったのだろう。


 その集団の中にアニタの姿もあったのだが、彼女が私に気づくことはなかった。



 集団が目の前を通り過ぎた後、長槍を持ったグレイブが現れた。

 長く艶のある黒髪、夜空のような漆黒の瞳、そして血のように真っ赤な唇。彼女を彼女たらしめる要素は、すべていつも通りだ。


「マレイにゼーレ。遅かったな」


 私たちの姿を見つけるや否や、グレイブは声をかけてきた。

 大量のシブキガニがいる状況下にあっても、彼女は冷静そのもの。その紅の唇からこぼれる声は、淡々とした調子である。


「巻き込まれた民間人の避難は完了した。ここからはカニ型の退治にかかる」


 そう言って、グレイブは長槍を構えた。


 ——そして跳躍。


 シブキガニとの距離を、一気に縮める。


「せいっ!」


 グレイブは、手にした長槍で、シブキガニを上から殴る。殴られたシブキガニは、己より上にいるグレイブに狙いを定めて、プシューッと霧状のものを吐き出す。


「……そう来たか」


 ぽそっと呟きながら、くるりと身を翻して飛沫をかわすグレイブ。


 その身のこなしは、軽やかさの中にもしなやかな強さを感じられるものだ。ただ突撃するだけではない、というところが印象的である。


 シブキガニの背後の地面に降り立ったグレイブは、槍の先で、シブキガニの脚を切断する。トリスタンと巨大蜘蛛の戦いを彷彿とさせるような光景だ。


「お前たちも戦え!」


 動きが止まっていた私たちに、彼女は鋭く叫ぶ。

 私は咄嗟に「はい!」と答えた。


 右手首の腕時計に指先を当て、攻撃の準備を行う。そして、徐々に前へと進む。


 ここからが本当の戦いだ。



 一体のシブキガニと対面すると、ばくん、と心臓が鳴った。


 巨大な化け物と一対一という状況は、胸の奥の恐怖を掻き立てる。母を失ったあの夜を思い出すからかもしれない。


 ——だが、あの夜とは違うのだ。


 今の私には戦う力がある。だからもう、一方的にやられるだけではない。気を強く持ち、できることをすべてする。今はただそれだけだ。


 そんなことを考えている私に向けて、シブキガニは霧状のものを放ってくる。

 咄嗟に横へ飛び退く——が、足にかかってしまった。


「あ!」


 私のスピードでは避けきれなかったのだ。


 しかし、痛みなどはなかった。ただ濡れるような感覚があるだけである。軽く濡れた足を指で触ってみると、微妙にべたっとしていた。


 これは海水だろうか。


 海から上がってきたシブキガニだから、海水ということも、あり得ないことはない。だとしたら、このまま動いても問題ないだろう。


 右腕を伸ばし、シブキガニの脚の付け根辺りへ光球を放つ。

 赤い光球は、狙い通りに飛んでいった。そして、シブキガニの脚周辺へ命中する。


「やった!」


 上手く当たったことが嬉しくて、つい声を出してしまった。

 しかし、少しして煙が晴れると、シブキガニの赤茶色をした体が視界に入る。まだ動いている。さすがに、私の力で一気に倒せるほど弱くはないようだ。

 シブキガニはズシンズシンと低い音を響かせつつ近寄ってくる。


 けれど、この程度で怯むわけにはいかない。


「……負けない!」


 弱気になりそうになる私自身に、はっきりと言い聞かせた。


 シブキガニは私を狙って霧状のものを吐き出してくる。今度の飛沫は薄い黄色をしていた。もしかしたら、先ほどまでとは違う成分なのかもしれない。


 私は何とかすれすれのところでかわし、すぐに反撃に転じる。


 気を強く持ち、放つのは、赤い光球——のはずだったが、実際に放たれたのは、光線だった。

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