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暁のカトレア  作者: 四季
5.シブキガニとダリア

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episode.64 はじきあいつつも

 無理矢理制止しようと強い調子で声をかけたため、ゼーレはすっかり不機嫌になってしまった。彼は窓の方を向きながら、自身が作り出した小さな蜘蛛型化け物と戯れている。こちらへ顔を向けようとは少しもしない。


「ゼーレ。さっきはきつい口調になって、ごめんなさい」


「…………」


「怒ってる?」


「…………」


 完全に無視だ。


 これだからゼーレは、と言いたくなるような、露骨な無視の仕方である。

 なぜこうも分かりやすいのだろう。


「ゼーレ、こっちを向いて。怒らないで」


 挫けずに声をかけてみるが、やはり返事は返ってこなかった。さすがにイラッときた私は、いけないと分かっていながらも、声を荒らげてしまう。


「もう! どうして無視するの!」


 カッとなっていたのもあり、私は半ば無意識に、ゼーレの片腕を掴んでしまう。すると彼は、腕を掴む私の手を、パァンと払い除けた。


 ——そして、訪れる沈黙。


 私とゼーレの間の空気が、冬のように冷えていく。どうしてゼーレとだけは、こうも上手くいかないのだろう。


 アニタ、トリスタン、その他の隊員たち。今まで出会ってきたゼーレ以外の人たちとは、気まずくなることはあれど、派手に喧嘩になることはあまりなかった。


 なのにゼーレとは、すぐに言い合いになってしまう。


「……酷い」


 隣に座っているのがトリスタンなら、こんなことにはならなかったのに。

 そんな風に思ってしまった。


「口を利いてさえくれないなんて、酷いわ」


 段々泣きたくなってくる。


 親しくなれてきたと思った。少しずつ距離は近づいていると、そう信じていた。

 だけどそれは、私の勝手な思い込みだったのかもしれない。そう思った時、悲しみの波が押し寄せてきた。


 言葉にならない鈍い痛みが、胸全体に広がる。


「どうしてよ……」


 グレイブやシン、フランシスカなどを含む他の隊員たちは、自由気ままに寛いでいる。

 持ってきたお菓子を食べる者。本を読んでいる者。隣の人と話す者。と、行動は色々だが、みんなリラックスした表情だ。

 暗い顔をしているのは私だけ。



 そんな時だった。


「どうしたのですかぁぁ?」


 憂鬱な気分にさいなまれて黙り込んでいると、唐突に、誰かが声をかけてきた。いちびったような声だったので、声の主がシンだとすぐに気づく。

 俯いていた面を持ち上げると、彼の大きめの眼鏡が、すぐ近くにまで接近してきていた。今日のシンは、いつもとはデザインが異なった眼鏡を装着している。今日の眼鏡は黒縁だ。


「シンさん……」

「浮かない顔をなさってますけどぉ、何かありましたかぁぁぁぁぁぁ?」


 シンの独特の喋り方は健在のようである。


「特に何も……」


 私が言いかけた瞬間、シンはさらに顔を近づけてきた。ぐいっぐいっ、と寄ってくる。かなりの迫力だ。


「嘘! それは嘘ですねぇぇぇ!」


 声が大きい、声が。


「あ! もしかしてぇぇ、隣の彼と喧嘩ですかぁぁぁぁぁ!?」

「ちょ、ちょっと、静かにして下さいっ……!」


 ヒートアップしてくるシンを、私は慌てて制止する。するとシンは、「そうでした」と言いつつ、大人びた咳払いをした。グレイブに怒られ慣れているからか、意外と素直だ。


「で、マレイさんがぁぁ、落ち込んでらっしゃる理由はぁぁ、何ですかぁぁぁ?」

「あの、気にしないで下さい。たいしたことはないので」

「けどぉ……心配ですよぉぉぉぉぉぉ。仲間ですからぁぁぁ」


 なぜこうも首を突っ込んでくるのだろう、と不思議に思っていると、シンはゼーレの方へ目を向けた。

 シンが余計なことを言わなければいいのだが。


「あのぉー、ゼーレさん。マレイさんに意地悪するのはぁ、止めて下さいぃぃぃ」

「余計な発言は慎んでいただきたいものですねぇ」

「で、ですがぁ、ゼーレさん。マレイさんが落ち込んでぇ……」


 するとゼーレは、いつになく冷ややかな声を発する。


「黙りなさい」


 ゼーレの金属製の腕に乗った小さな蜘蛛が、シンを威嚇するように動いていた。


 その蜘蛛型化け物に気がつくや否や、シンは叫ぶ。


「うわあああぁぁ! 昆虫系は嫌ぁぁぁぁぁぁ!」


 空気を震わせ、彼は大慌てで走り去る。半泣きになっていた。



 シンが逃げていった直後、ゼーレは不満げにぽそりと呟く。


「蜘蛛は昆虫ではないのですがねぇ……」


 突然の独り言に驚いてゼーレの方へ顔を向けると、ちょうど、彼もこちらを向いていた。彼は気まずそうな仕草をする。


 しかし、少しして、彼は口を開く。


「先ほどは……その」


 何やら言いにくそうにしている。


「すみませんでしたねぇ、無視して」

「え?」


 思わず情けない声が出てしまった。ゼーレの方から謝ってくるなんて、夢にも思わなかったからだ。


「ゼーレ? 今、何て……」

「何度も言わせないで下さい」


 両腕を背中側へ回しつつゼーレは返してきた。


「どうしてよ。聞こえなかったの、もう一度言ってくれない?」

「聞き逃した貴女に問題があるでしょう」

「ごめんなさい。でも、ちゃんと聞きたいの。だからお願い。もう一度言って」


 やや上目遣いで頼んでみる。こういったことには慣れていないが、せっかくの機会だから試してみたのだ。

 すると、意外なことに、ゼーレは言う。


「無視して悪かった、と言ったのです」


 やはり聞き間違いではなかったらしい。改めてほっとした。


「……私を責めますか?」

「いいえ。そんなことしないわよ。気にしていないもの」


 責めたって、何にもならない。


「やはり……お人好しですねぇ」

「悪い?」

「いえ、べつに」

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