episode.63 海の街へと
数日後。
ダリアへ出発する朝が来た。
天気は見事な快晴。空は晴れ渡り、青く澄んでいる。日差しはかなり強いが、そんなことは少しも気にならないほどに、心地よい朝だ。
昨夜の夜警は、今回ダリアへ行かない隊員が務めてくれた。そのため、私たちは夜の間に睡眠をとることができ、助かった。恐らくみんな、ぐっすり眠れたことだろう。
普段通り、焦げ茶色の長くも短くもない髪を一つにまとめ、帝国軍の制服を身にまとう。私はそれから、荷物を詰めたトランク持って、集合場所へと向かった。
「マレイちゃーんっ!」
集合場所である、基地を出てすぐのところへ行くと、フランシスカが迎えてくれた。彼女は、朝早いとは思えぬ、晴れやかな顔つきをしている。
そして驚いたのは服装だ。
私はてっきり制服を着ていくものと思っていた。しかし、それは違ったらしい。というのも、フランシスカは私服だったのである。
彼女が着用しているワンピースは、初々しさのある桃色。丈は太ももと膝のちょうど真ん中くらいまで。丸みのある襟と、スカートに当たる部分に施された小花の刺繍が、非常に愛らしくて印象的だ。
あどけなさの残る、大人と子どもの狭間の女性——そんな雰囲気を演出するにはもってこいのデザインだと、私は思った。
「おはようございます」
「おはようっ」
「その服、可愛らしいですね」
「でしょでしょ! ありがとっ」
フランシスカは屈託のない笑みを浮かべる。今日の彼女は機嫌が良さそうだ。
「で、マレイちゃんはどうして制服なの?」
穢れなき笑顔のまま、痛いところを突いてくる。
さすがはフランシスカ。
「前にフランが買ってあげた服、着ないの?」
「いいえ。もちろんちゃんと持ってきているわ」
つい怪しい発言になってしまったが、嘘ではない。前にフランに買ってもらった服は、トランクの中にちゃんと入っている。
「着てくれば良かったのに!」
「ごめんなさい、フランさん。制服を着るものだと勝手に思い込んでしまっていたの」
するとフランシスカは、瞼を半分ほど閉じ、ジトッとこちらを見てきた。
「ホントにー?」
「嘘なんてつかないわ。本当よ」
「……なんてねっ。冗談だよ。びっくりした?」
そんなことだろうと思った。
彼女は、冗談とは思えない冗談を言う質である。
さすがにもう慣れたわ。
呑気にフランシスカと話していると、そこへ、グレイブがやって来た。
「マレイに、フラン。もう来ていたのか。早いな」
良かった!
グレイブも制服だった!
「どうしてマレイちゃんが先なんですかっ。フランの方が早く来てたんですけどー」
「そうだったのか、すまない。では、フランにマレイ、だな」
フランシスカの絡みを軽く流せるグレイブを、私は内心尊敬した。さすが大人、といった感じの対応だ。
私もいつかそんな対応をできるようになりたい、と思った。
それから、私たちはダリアへと移動することになった。トリスタンと帝都へ来た時と同じ、列車での移動だ。
二人ずつ座る席だったので、私はゼーレの隣に座った。彼の隣に座りたい者はいないだろう、と思ったから。
ちなみに、窓側がゼーレで、私は通路側である。
「そういえば……カトレア」
隣の席に座りはしたものの気まずくて、黙っていると、ゼーレが自ら話しかけてきた。彼から関わってくるというのは、新鮮な感じだ。
「何?」
「貴女が働いていた、あのオンボロ宿に泊まるそうですねぇ」
「そうなの!?」
「グレイブがそう言っていましたよ。カトレアの知人の宿だからだそうです」
知らなかった……。
ということは、アニタに会うということだ。久々でなんだか緊張する。
だが、この機に成長した姿を見せなくては!
「あのオンボロ宿……衛生管理はちゃんとしていますか?」
「え?」
「清潔にしているのか、と聞いているのです」
いきなりの問いに戸惑いながらも、私は、「えぇ」と答えた。
衛生管理、というのは難しくて分からない。しかし、不潔ではないということは、分かっているからである。
「なら良いですが」
ゼーレは銀色の仮面に覆われた顔を窓側へ向けつつ、独り言のように言う。
どうやら彼は綺麗好きらしい。正直ちょっと意外。新たな発見だ。
ちょうどその時、小さな男の子が、ててて、と走ってきた。茶色い髪の五歳くらいと思われる男の子だ。
その子は、私たちの席の近くにまで歩いてくると、立ち止まる。そして、ゼーレを指差した。
「怪しいやつがいるー!」
大声で言われたゼーレは、ガタンと座席から立ち上がる。
「何が怪しいやつですか!」
「落ち着いて。子どもよ」
しかしゼーレは止まらない。むしろ、さらにヒートアップしていってしまう。
「カトレア! 貴女は、子どもなら何をしても許されると言うのですか!」
「叫ばないでちょうだい!」
私はついに声を荒らげた。
口調を強めなくてはゼーレは止まらない、と思ったからだ。
すると、ゼーレの怒りは少し止まる。
「……はいはい。分かりましたよ」
今度はいじけるモードに入ったようだ。窓の方を向き、手元に小さな蜘蛛の化け物を乗せている。私の方は一切見ない。
泣き出しそうになっている男の子に、私は優しめの声で話しかける。
「大丈夫? お父さんかお母さんは?」
「う、う……う……」
ついに泣き出してしまった。
「泣かなくていいわ。お父さんかお母さんのところへ帰るのよ」
「……うん」
それから一二分が経過した後、母親らしき女性が男の子を連れにきた。おかげで、親を一緒に探さなくてはならない状況は免れた。それは良かったと思う。
しかし——ゼーレの機嫌が悪くなってしまったのが厄介だ。




