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暁のカトレア  作者: 四季
5.シブキガニとダリア

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episode.62 一触即発?ややこしい

 一週間ほど経った、ある昼下がり。


 私はグレイブから呼び出しを受けた。指定の部屋へ行くと、フランシスカやトリスタン、そしてなぜかゼーレまでもが、既にそこにいた。もちろん、その他の隊員も数名いる。


 部屋に入るなり、ゼーレがこちらを向いた。酷いことを言ってしまった一件以来、私とゼーレは気まずいままだ。


「あ……ゼーレも来ていたのね」

「何か問題でも?」

「い、いいえ。珍しいなと思っただけよ」


 それは嘘ではない。本当に、珍しいと思ったのである。


「この前は……ごめんなさい」

「べつに。気にしていません」


 ゼーレはそっけなくそれだけ言った。彼は、それ以上言及してはこなかった。


「マレイちゃん、こっちこっち」


 そう言って手招きするのはトリスタン。

 一歩室内に入った辺りで動きを止めていた私に、彼は、ジェスチャーで席につくように言ってくる。私は彼がジェスチャーで指示する通り、彼とフランシスカの間の席へ座った。


「マレイちゃん、遅かったねっ」


 私が椅子に腰掛けるや否や、フランシスカは明るい声で言ってきた。


「すみません」

「大丈夫だよっ。だって、まだ始まってないし!」


 それなら「遅かったね」なんて言う必要はなかったのではないだろうか。そんな思いが湧き上がってきたが、敢えて口から出す必要もないと判断したため、胸に秘めたままにしておく。


 そのうちに、グレイブが現れた。

 顔に近づく髪の毛を払い除けるたび、黒く長い髪はするんと流れる。捕まりそうで捕まらない小動物のようだ。


「待たせてすまない」


 書類を胸元に持ったグレイブは、さらりと謝りつつ、みんなの前へ立つ。


「では今回の件について」


 なぜゼーレもいるのかが、微妙に気になる。


「今回の任務の主な内容は、近頃ダリアに発生しているというカニ型化け物の殲滅だ」


 ——ダリア。


 私の中で、言葉が響いた。

 ダリアは私がここへ来る前に暮らしていた場所だ。私が暮らしていた頃は、化け物の被害はほとんどない土地だった。

 それなのに、今は化け物が発生している。少々ショックだ。


「証言によれば、群れをつくり、一斉に砂浜に上がってくるらしい」

「気持ち悪いですねっ」


 フランシスカは言う。快晴の空のようにすきっとした声で。


 ……カニ型化け物が聞いたら、傷ついただろうな。


「攻撃性はそこまで高くないそうだが、観光客が減りつつあるという話だ」


 淡々と述べるグレイブに、トリスタンが返す。


「確かに、それは帝国にとっても問題ですね。景気が悪くなったら困りますし」


 気にすべきは、そこなのだろうか?

 心なしか疑問だ。


「そういうわけで、ダリアに出向いてカニ型化け物の群れを殲滅する。それが今回の任務なわけだが……」


 グレイブは一度言葉を切った。それから、軽く瞼を閉じ、ひと呼吸おいてから目を開ける。漆黒の瞳が湛える色は、真剣そのものだ。


「トリスタンは外す」


 瞬間、室内がざわめく。


 当たり前だ。実力者ポジションのトリスタンが外されたのだから、みんなが驚くのも無理はない。

 事実、私だって驚いている。


「僕はパスですか」

「あぁ。トリスタン、最近のお前は調子が悪そうだ。ゆっくり休め」

「……分かりました」


 意外にも、トリスタンはあっさり引いた。


「代わりにゼーレを連れていく」


 グレイブが告げた瞬間、室内の空気が凍りつく。


 隊員たちからの刺々しい視線が、一斉にゼーレへ向いた。


 それらの視線は、私に向けられたものではない。それは分かっている。にもかかわらず突き刺さるような感覚が肌を駆けるのは、隊員たちの視線の刺々しさゆえだろう。


「グレイブさん……どうしてですかっ?」


 氷河期のような沈黙を破り、口を開いたのは、フランシスカだった。彼女はゼーレを睨んではいない。しかし、その愛らしい顔には、困惑の色が浮かんでいる。


「グレイブさんはゼーレを嫌って……」

「そうだ。だが、利用することにした」


 ますます困惑した表情になるフランシスカ。


「本人によれば、ゼーレは向こうに捨てられたそうだ」


 それを聞いてふと思い出した。トリスタンを助けた夜、ゼーレが、『やはり使い捨てだったのですねぇ』などと言っていたことを。


 あの時は、私が言ってしまった言葉に対して言っているのだと、そう思っていた。

 だが、もしかしたら、あちらに見捨てられたこととも関係があるのかもしれない……もっとも、ただの都合のいい想像かもしれないが。


「そこで、こちらへ力を貸してもらうことに決めた。間違いないな? ゼーレ」

「……間違いありません」


 ゼーレは静かな低い声で答えた。それにより、場の緊張感がさらに高まる。


「分かったな、そういうことだ。化け物と縁を持つ者を仲間に加えるのは不愉快極まりないが、この際、利用できるものは利用する」

「酷い扱いですねぇ」

「黙れ、ゼーレ。私は貴様を甘やかしはしない」

「勘違いしないで下さい。貴女のために助力するわけではありません」


 ゼーレは、今日も変わらず、口が悪かった。相変わらずな言葉選びである。


「ちょっと、グレイブさん! やっぱり駄目ですよっ。こんな偉そうなのを仲間に加えるなんてっ!」

「フラン、そう言いたくなる気持ちは分かるが堪えてくれ」


 室内は何とも言えない空気だ。フランシスカ以外の隊員たちは言葉を発しはしないが、ゼーレへ刺々しい視線を向けていることに変わりはない。彼らの中にも、ゼーレへの強い不信感があるということだろう。


「もし仮に裏切るような素振りをすれば、私が責任を持って彼を始末する。それで問題はないはずだ」


 グレイブは淡々とした調子で言いきった。はっきりと、きっぱりと。


 フランシスカはそれからは発言しなかったが、その顔には不安の色だけが浮かんでいた。丸みを帯びた愛らしい瞳が揺れる様は、こちらの心まで揺さぶる。


 けれども負けてはいられない。この程度の不安で弱っているようでは駄目だ。

 もっと強くならなくてはいけない。私も今は一人の隊員なのだから。



 説明会終了後、珍しく、ゼーレが自らトリスタンに声をかける。


「ついに外されてしまいましたねぇ、トリスタン。しかし、良いタイミングです」


 いきなり失礼なこと言われ、トリスタンはむっとした顔をする。それでも顔立ちは美しい。


「……喧嘩を売っているのかな?」

「まさか。私はただ、『ゆっくり休んでほしい』と思っているだけですよ」


 いやいや。さすがにそれは汲み取れないだろう。


「ともかく、カトレアのことは任せて下さい。これからは……私が彼女を護ります」


 ゼーレは、なぜか、勝ち誇った声色だった。


「君は相変わらず性格が悪いね」

「そうですねぇ。しかし、貴方のような無能よりはましです」


 不快感を露わにするトリスタン。

 挑発的な発言ばかりするゼーレ。


 二人の間に漂う空気は、これまで経験したことがないほどに最悪だ。


 そんな最悪の空気の中にいると、私は、胃がキリキリと痛むのを感じた。一触即発というようなこの状況は、私には厳しすぎるようである。

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