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暁のカトレア  作者: 四季
4.トリスタン救出のための戦い

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episode.61 散らかったカレー

「とぼけないでちょうだい! どうやってたぶらかしたのかって聞いているのよ!」


 パサついた茶髪の女性は、やはり、まだ絡んでくるつもりのようだ。


 何やら面倒事に巻き込まれた感じがする。

 しかも、よりによってグレイブもシンもいないタイミング。恐らく、私が一人になるタイミングを狙っていたのだろう……実に鬱陶しい。


「あの、なぜそのような誤解が生まれたのか分かりませんが、私はたぶらかしてなんてないです」


 そんな必死じゃないわ。

 心の中でそう吐き捨てるように言ってやった。もちろん、口からは出さないが。


 すると、茶髪の女性の背後に控えている女性の片方が、急に叫ぶ。


「嘘ついてんじゃねーよ!」


 つけ睫毛が睫毛のラインからずれているその女性は、女性らしいとは到底言い難いような荒々しい声色を発した。唾を飛ばしながら叫ぶ彼女に、品なんてものはひと欠片も存在しない。


「若いからって、ちょーしに乗ってんじゃねーよ!」

「調子に乗ってなんていません」


 念のため、はっきりと言っておく。

 それを聞き、つけ睫毛がずれた女性は、さらに荒々しい声を出す。


「どー見ても乗ってんだろが! トリスタン様に世話になってながら、他の男にも手ぇ出すとか、調子に乗ってるとしか思えねーんだよ!」


 嫉妬しているのがまる出しだ。

 恥ずかしくはないのだろうか……。


「そうよ。二股する女なんて、帝国軍の淑女として認められないわ」


 今度は茶髪の女性が言ってきた。

 この人たちは、なぜこうも厄介なのか。べつに害を与えるわけではないのだから、放っておいてくれればいいのに。


「してません」

「あの程度は普通だと言うの!? 嫌みな尻軽ね!!」

「一方的に尻軽だなんて、他人の名誉を汚す問題発言ですよ。いい年して恥ずかしくないんですか」


 すると茶髪の女性は、ついに、掴みかかってくる。

 彼女の握力は信じられないくらい強く、私が抵抗できるような力ではなかった。


 だが、怖くはない。


 恐怖など、これまで嫌というほど体験してきた。大切な存在と引き離される怖さも、化け物と戦わねばならない怖さも、経験済みだ。だから、女性に襟を掴まれる程度、怖いの『こ』の字もない。


「離して下さい」


 取り乱してはいけない。

 そう思い、私は冷静に言った。


「離せ言われて離すんなら、最初からしないっつーの!」


 返してきたのは、掴みかかってきている茶髪の女性ではなく、その後ろにいるつけ睫毛がずれた女性の方。品の欠片もない声色と言葉遣いで、すぐに判断できた。


 やはり簡単に離してもらえそうにはない。



 ならば別の作戦を——と思った瞬間。



「何様のつもりで騒いでいる」



 聞こえてきたのは、よく研がれたナイフの刃のような、冷ややかで鋭い声。耳を通過し胸にグサッと突き刺さるような声色だ。


「あぁー? そっちこそ、何様の……」


 つけ睫毛がずれている女性は、相変わらずの品のない言葉を吐きつつ振り返る。そして、視界に入った人物に、顔を真っ青にした。


「ぐっ……! グレイブ!!」


 艶やかな長髪、漆黒の瞳。そして、色気漂う鮮やかさが印象的な、紅の唇。カレーライスの乗ったお盆を二つ持っているが、美麗な容姿は健在だ。


「またお前たちか」


 グレイブの後ろにはシンの姿もある。


「耳障りだ。とっとと立ち去れ」


 グレイブの声からはただならぬ威圧感を感じる。

 面倒な女性たちも、さすがにグレイブに逆らいはしないだろう——そう思っていたのだが、それは間違いだった。


「うぜーよ、アンタは! 遠征部隊の死にぞこないが!」


 それにはシンが黙っていない。


「グレイブさんにぃぃぃ、何言ってくれるんですかぁぁぁー!!」


 シンは、今にも飛びかかりそうな顔つきで、女性たちを睨んでいる。普段のシンからは想像し難い、獰猛な獣のような顔つきだ。パンチのある巨大な眼鏡をかけているのもあいまって、かなりの迫力である。


「落ち着け、シン。相手にするな」


 冷静そのもののグレイブが制止しようとしても、シンは止まらない。

 完全に怒ってしまっているようで、今度は歯茎を剥き出しにしている。この前戦った狼型化け物を彷彿とさせる、驚きの、豪快な表情だ。


「グレイブさんを侮辱はさせませんよぉぉぉーっ!!」

「いいから落ち着け」

「無理ですよぉぉぉ!」


 はぁ、と呆れた溜め息を漏らすグレイブ。


「黙れと言っているんだ」

「だってだって、死にぞこないなんて言うんですよぉぉぉ!?」


 怒りに震えるあまり、シンは、手に持ったお盆の上のカレーライスをこぼしてしまっていた。後々、掃除が大変そうだ。


「とにかく」


 グレイブはお盆を近くのテーブルに置き、目線をシンから女性たちへと変える。


「マレイから手を離せ。……まだ従わないというのなら」


 手首に装着した腕時計から、グレイブは長槍を取り出した。

 かっこよく構える。


「強制的にいかせてもらうが」


 漆黒の瞳が怪しく煌めく。


 その様には、さすがの女性たちも、恐怖を抱いたようだ。

 女性たちは口々に「覚えてろ」といった趣旨の発言をし、一斉にこの場から逃げていった。


 厄介な女性三人組が逃げた後、グレイブは長槍をしまう。そして、床に転んでいる私に手を差し出してくれる。


「大丈夫か」

「あ……ありがとうございます」


 その時のグレイブは、いつになくかっこよく見えた。そのかっこよさといえば、一瞬「トリスタンよりもかっこいいのでは?」と思ってしまったほどである。


「ああいう柄の悪い連中は、大概、ずっと訓練生をしている輩だ。大きい顔をしているがさほど強くはない」

「そうだったんですか」

「だからああやって群れている。だが、それでも今のマレイで勝てる程度の相手だ」


 そういうことらしい。

 もっとも、仕組みを理解しきっていない私には少々難しいが。


「それゆえ心配しすぎる必要はない。だが、目をつけられると厄介だからな。気をつけた方がいい」

「分かりました」

「何かあれば早めに言ってくれ」

「はい。ありがとうございます」


 それから、「さて」と、グレイブはシンへ視線を移す。


「その散らかったカレーをどうしたものか……」

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