episode.58 二度手間は、避けるに越したことはない
リュビエが来る前にここから離れるよう提案するゼーレ。
しかしトリスタンは納得できない顔だ。ゼーレを信頼できない、ということなのだろうが、こんな時に頑固になるのは止めていただきたいものである。
「マレイちゃん、本当に信じていいの?」
「えぇ。今は彼を信じるしかないもの」
「それはそうだけど、でも、ゼーレはマレイちゃんを狙って……」
トリスタンはまだゼーレを信じられそうにない。
そこへ、ゼーレが口を挟む。
「余計なことは言わず、さっさとしなさい」
淡々とした声できっぱり言われ、眉間にしわを寄せるトリスタン。
「……何様のつもりかな」
不快そうな顔つきをしながらもトリスタンは落ち着きのある声を放っていた。しかし、声の落ち着いた響きとは裏腹に、今にも食ってかかりそうな感じだ。
だがゼーレは言い合いを望んではいないようで、トリスタンの言葉を無視した。
彼は機械の片腕を伸ばし、ここへ来た時と同じように空間を歪ませる。空間の歪みは徐々に広がり、人一人が通れる程度の大きさに近づいていく。
到底現実とは理解できないような現象に、私の横に立つトリスタンは、目を大きく見開いていた。よく考えてみれば、トリスタンはこれを見るのは初めてだ。驚くのも無理はない。
やがて、空間のゆがみが広がりきると、ゼーレは私たち二人の方へ視線を向ける。
「戻りましょう」
ここを通過すれば、基地の地下牢へ帰られるのだろう。
こんなところ、一刻も早く脱出したい。
「えぇ、そうね。それがいいわ」
私はすぐ横にいるトリスタンへ目をやり、それから、彼に向けて手を伸ばした。
「トリスタン、帰りましょ」
すると彼は、数秒してから、私の手をとった。
まだ納得しきれてはいない顔色だったが、「そうだね」と言ってくれる。
「それじゃあゼーレ。ここからは、よろしく頼むわ」
「えぇ……任せて下さい」
やや不満げな声なのが気になるが、まぁ、それほど気にすることでもないだろう。
こうして私たちは、基地への帰路についた。
——それから少しして。
気がついた時、私は、基地の地下牢に立っていた。詳しい場所を言うならば、ゼーレが拘束されていた個室を出てすぐのところ。扉のすぐ外側である。
「ここは……?」
私と手を繋いだままのトリスタンは、不安げな表情で辺りを見回している。理解不能の展開に動揺しているらしく、青い瞳が揺れていた。
「場所はここで良かったのですかねぇ……」
近くにはゼーレの姿もあった。
銀色の仮面、黒いマント、どちらも健在である。
「えぇ。ゼーレ、ありがとう」
私は素直に礼を述べた。
トリスタンも一緒にここへ帰ってこれたのは、ゼーレが私に協力してくれたおかげだ。本当に、感謝しかない。
「貴方のおかげで助かったわ」
そう言うと、ゼーレは気まずそうに顔を背ける。
「……別に。感謝されるほどのことではありませんがねぇ」
「相変わらず素直じゃないのね」
「うるさいですねぇ」
素直に「どういたしまして」って言えばいいのに。
……まったく、ひねくれているんだから。
「何よ、そんな言い方しなくていいでしょ。ねぇ? トリスタ……ひっ!」
思わず上ずった声を出してしまった。
というのも、トリスタンが凄まじい形相でゼーレを睨みつけていたからである。恐怖を覚えるほどの迫力が、トリスタンから溢れ出ていた。
「いつの間にそんなに仲良くなったのかな……?」
「何です。もしや嫉妬ですか」
ゼーレはこの期に及んでまだ余計なことを言う。
相手を刺激するような言葉を敢えて言うのは、ゼーレらしいと言えばゼーレらしい。ただ、正直迷惑なので、止めていただきたいものだ。
トリスタンとゼーレが険悪な空気になりつつあった、その時。
「……マレイちゃん!?」
唐突に可愛らしい声が聞こえてきた。
咄嗟に振り返ると、そこには、フランシスカの姿があった。ミルクティー色の柔らかな髪に包まれた愛らしい顔は、驚きの色に染まっている。
「どうして!?」
フランシスカはミルクティー色の髪を揺らしながら駆け寄ってきた。
「どうしてマレイちゃんがっ!?」
それから彼女は、近くにいたトリスタンとゼーレを見つけ、余計に混乱する。
「えっ、どういうこと? どうしてトリスタンもいるの!? トリスタンはさらわれたんじゃ」
長い睫毛をぱちぱち動かしながら、早口に言葉を放つフランシスカ。彼女は完全に混乱しきってしまっている。
「待って。フランさん、落ち着いて。今から説明するから……」
「しかもゼーレまで! どうしてっ!?」
このままでは収まらない。
そう判断した私は、鋭く叫ぶ。
「落ち着いて!!」
声は人の気配のない地下牢に響いた。
そして、静寂が訪れる。
トリスタン、フランシスカ、ゼーレ、私。四人だけの空間から、音は完全に消えた。
「フランさん、今からちゃんと説明するわ。何があってどうなったのか、一つ一つ、きっちりと説明するから。だから、聞いてほしいの」
一から話せば長くなるだろう。それは目に見えている。けれど、こうなってしまった以上、説明する外ないだろう。
「……う、うん」
ようやく落ち着いたらしいフランシスカは、少し目を細めながら、ゆっくりと頷いた。この様子なら、ちゃんと話せそうだ。
「じゃあ最初から……」
私が言いかけた時、フランシスカは「ちょっと待って!」と重ねてきた。
「どうせなら一回の方がいいだろうから、グレイブさんのところへ行かない? 事情の説明、グレイブさんにも聞いてもらった方がいいよっ」
確かに、その通りだ。
今ここで説明し、後ほどグレイブにもというのは、完全な二度手間である。まとめて説明できるなら、それに越したことはない。
なので私は頷いた。




