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暁のカトレア  作者: 四季
4.トリスタン救出のための戦い

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episode.53 グレイブとフラン

 その頃、帝国軍の基地は騒ぎになっていた。

 理由は言うまでもない。地下牢にいたはずのゼーレが、マレイ諸共、忽然と姿を消したからである。ゼーレと共に消えたのが、彼に狙われていたマレイだっただけに、走る衝撃は特に大きかった。


「グレイブさん、どうします!? トリスタンに続けてマレイちゃんまでって、これはさすがに不味くないですかっ!?」

「……あぁ。不味いな。やってしまった」


 もぬけの殻となった地下牢の個室で、グレイブとフランシスカは言葉を交わす。


「探しに行きますっ!?」


 フランシスカはいつになく慌てた調子で述べる。

 対するグレイブは、冷静さこそ保ってはいるが、その表情は険しかった。眉は寄り、目元に力が加わっているのが分かる。


「だが、慌てて動くのは危険だ」

「それはそうですけどっ……。トリスタンもいないのに、マレイちゃんまで!」

「落ち着け、フラン。捜索はする。だがまもなく夜だ、化け物が出る。朝を待つしかない」


 落ち着いた口調で話すグレイブを見て、フランシスカは頬を膨らます。


「後回しってことですか!」


 日頃はマレイに対してずけずけ物を言うフランシスカだが、マレイのことが嫌いというわけではなかったらしい。一応、マレイの身を案じてはいる様子だ。


「妙に大人しくしていると思ったが……」


 グレイブは、独り言のように呟きつつ、個室の奥へと足を進める。そして床へしゃがみ込むと、砕かれた拘束具をそっと手に取った。


「そういう狙いだったか」


 はぁ、と溜め息を漏らす。

 そんな彼女の黒い瞳には、ゼーレへの憎しみの色が滲んでいる。熱い憎しみの炎は、今もまだ、彼女の内側で静かに燃え立っていた。


 それからしばらくして、やがて、グレイブはゆっくりと立ち上がった。

 それに気づいたフランシスカは、丸い目をぱちぱちさせながら、グレイブへ視線を向ける。


「グレイブさんっ?」

「何だ、フラン」

「暗い顔をなさっているので、どうしたのかな、と」


 ストレートに聞かれたグレイブは、心なしか戸惑ったような顔をした。

 しかしすぐに、口角を持ち上げる。


「いや。何も、たいしたことではない」


 グレイブはフランシスカの直球には慣れている。だから、ちょっとやそっとで動揺したりはしない。


「人型の卑劣さを再確認しただけだ」


 紅の唇から出るのは、刃物のように鋭い言葉。

 グレイブから漂う異常なまでの威圧感は、フランシスカでさえゾッとするほどのものだった。熱いものが燃える瞳も、突き刺すような視線も、普通想像する範囲を遥かに超えた威圧感を放っている。


 そんなグレイブを目にし、フランシスカは恐怖に近い感情を抱いた。

 だからこそ、フランシスカは明るい声を出す。


「なるほどっ。分かりました!」


 そして、普段と変わらない笑顔を、フランシスカは作った。いつもマレイに眩しさを感じさせている、向日葵のように晴れやかな笑みを。


 向けられた明るい笑みに、グレイブは一瞬、目を見開く。

 彼女にはこのような状況下で笑うという発想がなかったため、驚いたのかもしれない。


「いつも明るいな、お前は」


 グレイブの頬がほんの少し緩んだ。


「フランが、ですかっ?」

「あぁ、そうだ。フラン……お前はなぜそんなにも明るいんだ」


 意外な問いに、目をぱちぱちさせるフランシスカ。


「お前も確か、かつて化け物にやられたのだろう?」

「はいっ」

「家族……だったか?」


 言いにくそうな控えめな声でグレイブは尋ねた。それに対し、フランシスカは首を横に振る。


「……婚約者ですよー」


 そう答えたフランシスカの顔は、寂しげな色を湛えていた。薄く浮かんだ笑みが、物悲しさを余計に高めている。


「トリスタンみたいに綺麗な金髪をした人でした」


 普通なら、しんみりするタイミング。


 しかしグレイブは違った。

 グレイブは、『失ったこと』にしんみりとするのではなく、『婚約者』に意識を向けたのだ。


「なっ……! その年で婚約者がいたのか!?」

「へ?」


 ぽかんと口を開けるフランシスカ。話の急展開についていけていないようである。


「ふ、フラン! それはさすがに気が早くないか!?」


 グレイブの瞳は、らしくなく揺れている。


「お前は確か、今まだ二十前だろう」

「そうですけど?」

「なのに、数年前に既に婚約者がいたなど、信じられん!」


 やや興奮気味に話すグレイブに、フランシスカは一歩退く。


「何ですか、いきなりっ」

「私はこの年ですら独り身だぞ! なのに、なぜお前には婚約者などがいるんだ!」

「わけが分かりませんっ。ただ親が決めただけの婚約者です!」


 思わぬ話題で言い合いになってしまう。

 日頃、特別仲良しなことはない二人だが、喧嘩をするような仲の悪さではない。しかし、今回は、グレイブが進んで鋭い口調になったため、半ば喧嘩のような言い合いに発展してしまったのだ。



 ——けれど、二人とも、子どもではない。


 少しして落ち着いたグレイブとフランシスカは、いつもの距離感に戻る。


「……少し言いすぎた。私はどうかしていたようだ」


 グレイブは素直に謝罪する。

 彼女は、そういうところはきっちりとした性格なのだ。


「そうみたいですねー」


 微塵の躊躇いもなく返すフランシスカ。

 フランシスカは、相変わらず相手のことをほとんど考慮しない発言をする。裏表がない、という意味では美点なのかもしれないが、少々困った部分といった印象である。


「とにかく、夜が明ければマレイの捜索をすぐに開始する。だからフランは心配しすぎるな」

「トリスタンもですよっ!」


 鋭いところへ切り込んでいくフランシスカ。

 その丸い瞳を見れば、トリスタンやマレイの身を案じていることがまる分かりだ。


「もちろん。一刻も早く探し出さなくては」

「何を今さらっ。遅いですよ!」

「フランは手厳しいな」

「全然進まないから言ってるんですっ!」


 それからも、二人はしばらく、地下牢内で言葉を交わし続けた。


 グレイブにとってもフランシスカにとっても、新鮮な体験だったことだろう。なんせ、二人はそこまで距離が近くなかったのだ。二人の距離が一気に縮まった——そういう意味では、マレイがいなくなったのも無意味ではなかったのかもしれない。


 ただ、この時既にマレイがトリスタンを助けるべく戦っているとは、誰一人想像しなかったことだろう。

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