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暁のカトレア  作者: 四季
3.化け物狩り部隊

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episode.47 すべてを削いでも、生き残る

 命の次に大切と言っても過言ではない腕時計を取り戻すべく、トリスタンは、リュビエに無謀な戦いを挑む。


 リュビエの戦闘能力は、人間を遥かに超えている。人間の女性のような姿かたちをしているが、人間ではないということなのだろう。そんな彼女に何の強化もない体で挑むとは、トリスタンらしからぬ無謀さだ。

 そんな明らかに不利な状況にあっても、トリスタンは懸命に戦った。怯まず、持てる力をすべて出し、勇敢に向かっていったのである。


 ——けれども、残念な結果に終わってしまった。


「レヴィアス人風情にしては頑張ったと思うわよ。でも、あたしの相手にはならなかったわね」


 リュビエは笑みを浮かべながら、黒い床に倒れ込んだトリスタンの右足首を曲げる。

 本来曲がるのとは逆の方向に。


「……くっ」


 トリスタンは、その整った顔を歪めた。

 額には汗の粒が浮かんでいる。


「力の差は歴然。これに懲りたら、無駄な抵抗は止めることね」

「抵抗は止めない」

「まだ分からないというの? ならばお前が理解するまで痛い目に遭わせてあげるわ!」


 鋭く言い放ち、トリスタンの足首を強く曲げるリュビエ。苛立ちも加わっているからか、先ほどよりも曲げ方が大きい。


 しかし、大人しく痛めつけられ続けるトリスタンではない。

 彼はリュビエに掴まれていない方の脚を反らせ、大きく振りかぶる。そして、遠心力を利用しつつリュビエの喉元を蹴った。


 直前で気づいたリュビエは、咄嗟に手を離す。


 二人の距離が離れた。


「この期に及んでまだ抵抗するのね」

「言ったはずだよ。抵抗は止めない、って」


 トリスタンは速やかに体勢を整え直す。

 一つに結われた金の髪がさらりと揺れた。


「馬鹿ね、お前は」


 強気な発言を耳にしたリュビエは呆れたように言う。やれやれ、といった雰囲気で、首を左右に動かしている。


「大人しく助けを待つ方が賢いんじゃないかしら?」

「みんなに迷惑はかけられないからね」

「しっかりしているのね。でもそれは、無謀だとしか思えないわ。この飛行艇から自力で逃れるなんて不可能よ」


 二人きりの空間に漂う空気は真冬のように冷たかった。そしてもちろん、冷たいのは空気だけではない。金属製と思われる床も、氷のようにひんやりしている。


「仮にあたしを突破できたとしても、逃れられはしないわ。ここにはいくらでも兵がいるもの」

「兵?」

「お前たちが化け物と呼ぶ生き物たちよ」


 トリスタンは立ち上がろうとするが、右足首の痛みに、膝を軽く曲げてしまう。しかし彼は挫けない。数秒後には、精神力だけで無理矢理立ち上がった。


「剣のないお前など、牙のない獣も同然。何もできやしないわ」

「それは、やってみないと分からないと思うけどね」


 彼の肉体は既にかなりのダメージを受けていることだろう。

 細い蛇の雨を浴び、蹴られ、しまいには足首を強く折り曲げられたのだ。ダメージがないわけがない。

 今彼がこうして立てているのは、ひとえに、心の強さゆえだと思われる。容姿の繊細な美しさからは想像もつかないような、人を越えた太い心が、彼にはある。


「ならば試してみても良いわよ?」

「初めからそのつもりだったんじゃないのかな」

「ふふ。気づいたことは褒めてあげる」


 リュビエがパチンと指を鳴らすと、一面の壁がガガガと音を立てつつ上がった。


 そこにいたのは——狼型化け物。


 前に戦い、激しい戦闘の末倒したものと、同じタイプの化け物だ。


「これだけ貸してあげるわ」


 目の前に現れた数匹の狼型化け物に身構えるトリスタンへ、リュビエは一本のナイフを投げた。彼はよく分からぬままナイフを手に取る。開いた手の手首から指先程度の刃渡りの、決して長くはないナイフだ。


「何のつもりかな」

「あたしからの贈り物よ。何も無しじゃ、すぐに殺されて終わり。そんなのは面白くないものね」

「要らない。心配しなくていいよ、素手でもそう簡単にはやられないから」


 ナイフをリュビエへ投げ返そうとするトリスタンだったが、リュビエはそれを制止する。


「贈り物を返すなんて禁止よ。ありがたく受け取っておきなさい」


 彼女は黒い笑みをこぼす。


「それにね、単なる好意ってわけでもないのよ。それを使って抵抗すれば、恐怖を覚える時間が増えるでしょう? ボスがそれをお望みなの」

「……ボスが?」

「そうよ。だから精々抵抗することね。その方が、ボスはお喜びになるわ」

「ボス、嫌なやつだね」


 トリスタンは吐き捨てるように言った。


「足が潰れるが先か、心が潰れるが先か……楽しみにしているわね」


 冷たい空気に満ちた空間の中、狼型化け物たちの瞳は爛々と輝いている。今にも襲いかかりそうな表情だ。戦う気は満々の様子である。


「化け物が潰れるのが先、が有力だと思うよ」


 トリスタンはリュビエから受け取ったナイフを握り直す。


 目つきは研がれた刃のように鋭い。青い瞳に優しさはなく、それこそ人を捨てたような、そんな顔つきをしている。


 腕時計による強化ができない。白銀の剣も使えない。けれども何体もの化け物と戦わなくてはならない。負ければ待つのは死。あまりに厳しすぎる条件が、彼から人の心を奪いつつあるのだろう。


「それじゃ。精々頑張って」


 他人事のように言い、リュビエはその場から去っていった。恐らく、巻き込まれないようにだと思われる。

 冷たい場に残されたのは、狼型化け物たちとトリスタンのみ。


「生きて帰る。絶対」


 トリスタンは高い天井を見上げて、神に誓いでもするかのように呟く。小さな声だが、そこには、彼の決意のすべてが存在していた。


「早く帰ってマレイちゃんの指導をしないと」


 目を閉じて深呼吸をした後、彼は目を開く。その瞳に迷いはなかった。

 化け物たちへの恐怖もすべて消え去った。彼にはもはや、恐れるものなど存在しない。


「……待っててね」


 トリスタンの口元にうっすらと笑みが浮かぶ。

 人の心が消滅しつつあることを映し出すかのような、不気味な笑みだった。

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