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暁のカトレア  作者: 四季
3.化け物狩り部隊

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episode.42 いいことを思いついたわ

 トリスタンと向かい合うリュビエの腕から、唐突に、一匹の蛇が発生する。銅のような赤茶色をしたその蛇は、ぐんぐん伸び、やがて一本の杖となった。一メートルくらいの長さの、細い杖だ。


 白銀の剣を構えたまま、トリスタンは眉を寄せる。

 リュビエは完成した杖を片手に握り、ふふっと口元に笑みを湛えつつ、改めてトリスタンの方を向く。


騎士(ナイト)さんは剣を持っているものね、あたしも武器がなくちゃ」


 だからといって自力で武器を作り出すとは。

 もはや人のなせる業ではない。


「だから杖ってわけだね」

「そうよ」


 余裕のある声でそう言い、すぐに一歩踏み出すリュビエ。トリスタンは咄嗟に防御の体勢をとる。


 ——数秒後。

 場に、かん高い音が響く。


「剣と剣では、面白くないもの!」


 リュビエは握った杖で、トリスタンに襲いかかっていた。


 しかしさすがはトリスタン。剣の刃部分で、リュビエの杖を、確実に防いでいた。一瞬にして迫られたにもかかわらず、である。

 あれだけ細いものをしっかりと防いだトリスタンの能力に、私は正直感心した。


「防ぐとはやるじゃない?」

「こういう攻防は慣れているからね」


 だが一度で諦めるリュビエではない。

 彼女は隙をみて距離をとり、そこから、再び仕掛けていく。


 剣と杖が触れる度、カァン、と高く鋭い音が鳴る。鼓膜をつんざくような痛々しい音の連続に、私は、思わず耳を塞ぎたくなった。それほどにうるさい。


 しかし、当の二人——リュビエとトリスタンは、そんな音など微塵も気にしてはいない。

 もっとも、正しくは「気にする暇などない」なのかもしれないが。


「トリスタン! 無理しちゃ駄目よ!」


 私は背後から叫ぶ。

 彼が本当は疲れているということに気づいていたからだ。


 トリスタンは、涼しい顔で、リュビエとやり合っている。一見本調子なように見える様子だ。


 だが、それは違う。


 これまで幾度も彼の戦いを見てきたからこそ分かることだろうが、今の彼は、かなり疲労が蓄積してきている。息の仕方や足取りを見れば、ほんの一瞬で分かるのだ。


「大丈夫だよ、マレイちゃん」


 リュビエと剣を交差させていたトリスタンは、数歩退いてそう答えた。汗は額から頬へと流れ、肩で呼吸をしている。剣を扱う動作自体はそれほど変わっていないようにも見えるが、疲労が感じられるところが心配だ。


 狼型化け物との長い戦闘を終えてからの、リュビエとの交戦。

 これはトリスタンでも厳しいものがあるかもしれない。


「まだまだいくわよ!」


 距離をとり少しほっとしたのも束の間、リュビエはトリスタンへと向かってくる。トリスタンに回復の時間を与えはしないつもりなのだろう。


「受けてたつよ」


 再び仕掛けてくるリュビエに気づいた瞬間、トリスタンの目つきが鋭く変化する。


 そして、かん高い音。

 リュビエの杖とトリスタンの剣先が触れ合ったのだ。二人の戦闘が、再度始まる。


 私はその様子を、ただ見守ることしかできなかった。


 一度は、赤い光球でトリスタンを援護することを考えてもみた。だが、逆に彼に迷惑をかけてしまいそうな気がして、実行はできなかった。それでなくともギリギリの戦いだ。ほんの少しの手出しがトリスタンを不利にするかもしれない。そう考えてしまい、私は助力することを諦めた。


 今私が彼のためにできるのは、彼の足を引っ張らないこと。そして、彼の弱点とならないこと。

 もはや、それしかない。



 それからしばらく、リュビエとトリスタンの戦いは続いた。


 どちらかが圧倒的に強いといったことはない。そして、二者とも、まったくと言って過言ではないほど引かない。だから終わりがこない。


 だが、少し距離をとって見ている私には、トリスタンの方が追い込まれつつあるのだということが分かる。というのも、剣の振りにいつものような切れがないのだ。そして、速度も若干遅いように感じられる。


 一方リュビエは、まったくと言っていいほど、疲れの色を見せない。

 ハイヒールのブーツを履いているにもかかわらず、しっかりとした踏み込み。力強さのある落ち着いた足取り。杖の操り方も安定している。


「ちょっと遅れてきたわね」


 激しい攻防を繰り広げながら、リュビエはそっと呟いた。

 それを聞いたトリスタンは、少々、眉間のしわを深くする。


「もうそろそろ体がきついかしら」

「…………」

「答える余裕すらないみたいね」


 トリスタンが弱りつつあることを見抜いたリュビエは、攻勢を一気に強める。彼女の動作が、ここにきて、また一段と速まった。


「……くっ」


 何とかさばきつつ、声を漏らすトリスタン。彼の表情に余裕の色はない。追い込まれてきている自覚はあるようだ。

 ただ、だからといって諦めるトリスタンではない。


「無理はしない方が体のためよ」

「……うるさいよ。余計なお世話」


 トリスタンは険しい顔つきで返した。

 その様を見たリュビエは、愉快そうに口を動かす。


「生意気な騎士(ナイト)さんね。でも——」


 彼女は言葉を一旦切った。

 そして、銅のような赤茶色の杖を、大きく振り上げる。


「これでおしまい」


 色気のある唇が動いた。

 そして、その直後に杖が振り下ろされる。


「……しまった」


 焦った顔で呟くトリスタン。


 そんな彼の額を、リュビエの杖の先が殴った。


「——っ!」


 白銀の剣がトリスタンの手から落ちる。彼は殴られた痛みに、暫し身動きをとれなくなった。両手を殴られた額に当て、彼は苦痛の息を漏らす。


「トリスタン!!」


 私は思わず叫んだが、彼からの返事はなかった。

 意識がないわけではなさそうなので、強い痛みによって返事ができないものと思われる。


「ふふ。良いことを思いついたわ」


 突然リュビエが独り言を言い出す。


 何事かと訝しんでいると、彼女は急に、トリスタンの脇腹辺りを蹴った。痛む額に集中していた彼は、無防備なところを狙われ、地面に倒れ込む。

 フランシスカの時とは違って吹き飛びはしなかったが、これはこれで痛そうだ。


「考えてみれば……マレイ・チャーム・カトレアだけがすべてではないわよね」


 地面に伏したトリスタンの背を、リュビエは強く踏みつける。走る痛みにトリスタンが身をよじっても、彼女は足の力を弱めたりはしない。むしろ、さらに強めるくらいだ。


「いいことを思いついたわ。これは名案ね」


 ふふっ、と楽しそうに笑いながら、リュビエはそんなことを呟く。

 妖艶さのある唇に、大人びた声色。それらが、彼女の不気味さを、余計に高めていた。

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