episode.39 背中合わせ
私の光球が砂煙を舞い上げる中、トリスタンは狼型化け物を斬っていく。
砂煙のせいもあり、視界は極めて悪い状況だ。それはきっと私だけではないはず。トリスタンも同じだろう。けれど、そんな環境下でも、トリスタンの動きは衰えてはいない。彼の青い双眸は、迫りくる化け物たちを確実に捉えていた。
帝国軍の制服でもある白色の衣装をまとったトリスタンは、宙を舞い、剣を振り、人間離れした動きで化け物を圧倒していく。一つに結われた金髪は、体の動きにあわせてなびき、黄金の弧を描いている。
つい見惚れてしまうような、美しい光景だった。
刹那。
「マレイちゃん! 後ろ!」
トリスタンの叫び声が、耳へ飛び込んでくる。彼らしからぬ鋭い叫びだった。
半ば反射的に振り返る。
すると、狼型化け物の一体が、私に向かって迫ってきているのが見えた。白い牙を剥き出しにしている。今にも噛みついてきそうな勢いだ。
「……っ!」
私は詰まるような声を漏らしつつ、右腕をそちらへと向け、赤い光球を撃ち出す。離れた的を狙い撃つほどの精度はないが、この近距離なら掠りくらいはするだろう、と思ったからである。
右手首にはめた腕時計から放たれた光球は、襲いかかってくる狼型化け物の体に命中した。
私にしては大成功だ。
だが、一発で倒せるほど、狼型化け物は弱くなかった。
胴体部分に光球を受けながらも、そのままこちらへ突っ込んでくる。
「トリスタン! 助けて!」
真後ろで剣を振るうトリスタンに叫んでみたが、声は届かなかった。その間にも、化け物は接近してきている。
——自力で何とかするしかない。
私は覚悟を決めた。
すぐトリスタンに頼ろうとしてしまうのは、私の悪いところだ。今は化け物狩り部隊の一員として戦場に立っているのだから、彼に頼るなど許されないことである。新米だとか、初めての戦場だとか、そんなことは関係ない。
「やるしか……ない」
独り言のように呟いた後、身構える。
こちらへ迫りくる狼型化け物とは、もう数メートルほどしか離れていない。私に与えられた猶予は、長く見積もっても十秒くらいだろう。
化け物が近づく恐怖が全身を駆け巡る。
けれど、これはただの危機ではない。危機は危機でも、ある意味ではチャンスなのだ。ここまで近ければ、私の光球はほぼ確実に当たる。
「お願い。当たって!!」
私は半ば神頼みのような発言をしながら、赤の光球を再び撃ち出す——つもりだった。
しかし、放たれたのは光球ではなく、光線。
炎のように赤く、目が痛むほどに眩しい。そして、太い。ダリアで巨大蜘蛛の化け物に襲われた時に、奇跡的に放ったあれに似ている。
そしてその光線は、気づけば、目の前の狼型化け物に突き刺さっていた。
「え……?」
思わず情けない声を漏らしてしまう。思っていたものと違うものが出たからだ。
襲いくる化け物は退けられた。
ただ、化け物を退けられたことよりも、光球でなく光線が出たことの方が驚きである。
そこへ、敵を斬り終えたトリスタンが戻ってくる。
白色が美しい帝国軍の制服をまとい、長い金の髪をなびかせる彼は、戦いの直後とは思えぬ涼しい顔だ。若干息が乱れていることを除けば、普段とほぼ変わらないと言ってもおかしくはない。
「やったね、マレイちゃん」
彼はさりげなく褒めてくれた。
こうして褒めてもらえると、やはり嬉しい。実力ではなく奇跡だと分かってはいても、嬉しいことに変わりはない。
「ありがとう、トリスタン」
「感謝されるほどのことじゃないよ」
私が感謝の意を述べると、トリスタンははにかみ笑いを浮かべる。
いつもの穏やかな笑みとはまた違った雰囲気があって、これはこれで魅力的だと思った。
そんなことで安堵したのも束の間。
またしても狼型化け物が現れた。数は先ほどより少ないが、威嚇する表情の迫力は凄まじい。
「まだ来るの!?」
「マレイちゃん、落ち着いて。動きは把握したから、もう大丈夫だよ」
やはりトリスタンは冷静だ。
だが、息があがっているのが、どうしても気になってしまう。
あれだけ動いたのだから当然と言えば当然なのだが、呼吸が乱れているというのは、どうしても不安な気持ちになる。
「まだ戦える?」
背中合わせに立ちながら、背後の彼に向けて尋ねてみた。
すると彼は、真剣な表情で頷く。
「問題ないよ。僕はまだいける」
白銀の剣の、細く長い刃には、薄紫色をした粘液がこびりついている。恐らくは化け物を斬った時に付着したものだろう。
「だからマレイちゃんは、自分の身を護っていて」
「トリスタンの援護は?」
「大丈夫。狼型となら、僕一人でも十分戦える」
はっきりと述べるトリスタン。
しかし私の心には不安が渦巻いている。トリスタンがやられたらどうしよう、なんて必要のない不安が、湧き上がってきて仕方ない。
けれど、止めるわけにはいかないのだ。
化け物と戦うことは、トリスタンの仕事。だから、たとえ不利であったとしても、そんな理由で引き留めるというのは違う。「戦うな」と言うことは、「働くな」と言うことと同義なのだから。
「……分かったわ。でも、気をつけて」
念のため言っておく。
これは、彼が必要としている言葉ではないだろうが、私にはこれくらいしか思いつかなかったのだ。
「うん。ありがとう」
するとトリスタンは、そう言って、ほんの少し笑みを浮かべる。ほんの少し恥じらうような、繊細な表情だ。
そして彼は、剣を抱え、再び戦いの場へと飛び出す。
私は、言葉では表し難い不安を抱きながらも、トリスタンを見送った。彼ならきっと大丈夫。そう信じて。




