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暁のカトレア  作者: 四季
3.化け物狩り部隊

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episode.39 背中合わせ

 私の光球が砂煙を舞い上げる中、トリスタンは狼型化け物を斬っていく。


 砂煙のせいもあり、視界は極めて悪い状況だ。それはきっと私だけではないはず。トリスタンも同じだろう。けれど、そんな環境下でも、トリスタンの動きは衰えてはいない。彼の青い双眸は、迫りくる化け物たちを確実に捉えていた。


 帝国軍の制服でもある白色の衣装をまとったトリスタンは、宙を舞い、剣を振り、人間離れした動きで化け物を圧倒していく。一つに結われた金髪は、体の動きにあわせてなびき、黄金の弧を描いている。


 つい見惚れてしまうような、美しい光景だった。



 刹那。


「マレイちゃん! 後ろ!」


 トリスタンの叫び声が、耳へ飛び込んでくる。彼らしからぬ鋭い叫びだった。


 半ば反射的に振り返る。

 すると、狼型化け物の一体が、私に向かって迫ってきているのが見えた。白い牙を剥き出しにしている。今にも噛みついてきそうな勢いだ。


「……っ!」


 私は詰まるような声を漏らしつつ、右腕をそちらへと向け、赤い光球を撃ち出す。離れた的を狙い撃つほどの精度はないが、この近距離なら掠りくらいはするだろう、と思ったからである。


 右手首にはめた腕時計から放たれた光球は、襲いかかってくる狼型化け物の体に命中した。


 私にしては大成功だ。


 だが、一発で倒せるほど、狼型化け物は弱くなかった。

 胴体部分に光球を受けながらも、そのままこちらへ突っ込んでくる。


「トリスタン! 助けて!」


 真後ろで剣を振るうトリスタンに叫んでみたが、声は届かなかった。その間にも、化け物は接近してきている。


 ——自力で何とかするしかない。


 私は覚悟を決めた。

 すぐトリスタンに頼ろうとしてしまうのは、私の悪いところだ。今は化け物狩り部隊の一員として戦場に立っているのだから、彼に頼るなど許されないことである。新米だとか、初めての戦場だとか、そんなことは関係ない。


「やるしか……ない」


 独り言のように呟いた後、身構える。


 こちらへ迫りくる狼型化け物とは、もう数メートルほどしか離れていない。私に与えられた猶予は、長く見積もっても十秒くらいだろう。


 化け物が近づく恐怖が全身を駆け巡る。

 けれど、これはただの危機ではない。危機は危機でも、ある意味ではチャンスなのだ。ここまで近ければ、私の光球はほぼ確実に当たる。


「お願い。当たって!!」


 私は半ば神頼みのような発言をしながら、赤の光球を再び撃ち出す——つもりだった。


 しかし、放たれたのは光球ではなく、光線。

 炎のように赤く、目が痛むほどに眩しい。そして、太い。ダリアで巨大蜘蛛の化け物に襲われた時に、奇跡的に放ったあれに似ている。


 そしてその光線は、気づけば、目の前の狼型化け物に突き刺さっていた。


「え……?」


 思わず情けない声を漏らしてしまう。思っていたものと違うものが出たからだ。


 襲いくる化け物は退けられた。

 ただ、化け物を退けられたことよりも、光球でなく光線が出たことの方が驚きである。


 そこへ、敵を斬り終えたトリスタンが戻ってくる。


 白色が美しい帝国軍の制服をまとい、長い金の髪をなびかせる彼は、戦いの直後とは思えぬ涼しい顔だ。若干息が乱れていることを除けば、普段とほぼ変わらないと言ってもおかしくはない。


「やったね、マレイちゃん」


 彼はさりげなく褒めてくれた。

 こうして褒めてもらえると、やはり嬉しい。実力ではなく奇跡だと分かってはいても、嬉しいことに変わりはない。


「ありがとう、トリスタン」

「感謝されるほどのことじゃないよ」


 私が感謝の意を述べると、トリスタンははにかみ笑いを浮かべる。

 いつもの穏やかな笑みとはまた違った雰囲気があって、これはこれで魅力的だと思った。



 そんなことで安堵したのも束の間。

 またしても狼型化け物が現れた。数は先ほどより少ないが、威嚇する表情の迫力は凄まじい。


「まだ来るの!?」

「マレイちゃん、落ち着いて。動きは把握したから、もう大丈夫だよ」


 やはりトリスタンは冷静だ。


 だが、息があがっているのが、どうしても気になってしまう。

 あれだけ動いたのだから当然と言えば当然なのだが、呼吸が乱れているというのは、どうしても不安な気持ちになる。


「まだ戦える?」


 背中合わせに立ちながら、背後の彼に向けて尋ねてみた。

 すると彼は、真剣な表情で頷く。


「問題ないよ。僕はまだいける」


 白銀の剣の、細く長い刃には、薄紫色をした粘液がこびりついている。恐らくは化け物を斬った時に付着したものだろう。


「だからマレイちゃんは、自分の身を護っていて」

「トリスタンの援護は?」

「大丈夫。狼型となら、僕一人でも十分戦える」


 はっきりと述べるトリスタン。


 しかし私の心には不安が渦巻いている。トリスタンがやられたらどうしよう、なんて必要のない不安が、湧き上がってきて仕方ない。


 けれど、止めるわけにはいかないのだ。


 化け物と戦うことは、トリスタンの仕事。だから、たとえ不利であったとしても、そんな理由で引き留めるというのは違う。「戦うな」と言うことは、「働くな」と言うことと同義なのだから。


「……分かったわ。でも、気をつけて」


 念のため言っておく。

 これは、彼が必要としている言葉ではないだろうが、私にはこれくらいしか思いつかなかったのだ。


「うん。ありがとう」


 するとトリスタンは、そう言って、ほんの少し笑みを浮かべる。ほんの少し恥じらうような、繊細な表情だ。


 そして彼は、剣を抱え、再び戦いの場へと飛び出す。


 私は、言葉では表し難い不安を抱きながらも、トリスタンを見送った。彼ならきっと大丈夫。そう信じて。

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