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暁のカトレア  作者: 四季
3.化け物狩り部隊

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episode.35 無意味な抵抗をしないだけ

「ご苦労だったな、マレイ」


 実力を測るための模擬戦闘は、一瞬にして終わった。六分間とは、驚くべき短さだ。もう少し長く感じるものかと思っていたのだが、まさに「一瞬」である。


「ありがとうございました」


 私はそっとお礼を述べた。

 負けたことは悔しいけれど、感謝の気持ちを忘れてはならない。相手をしてもらえただけでも光栄なことなのだから。


「お、お、おぉ、お疲れ様ですうぅぅぅ!」

「黙れ」


 大声をあげながら接近してきたシンの頭を軽くはたくグレイブ。彼女の整った顔には、不快の色が浮かんでいた。


「い、いったぁぁーいですよおぉぉー……」


 シンは両手で頭を押さえながら、そんなことを漏らしていた。

 本当に痛そうだ。


「さて、こうしてマレイの実力を見させてもらったわけだが」


 グレイブの改まった言い方に、私はごくりと唾を飲み込む。


 どのような答えが飛び出すか分からない。合格か、不合格か。彼女がどういった判断を下すか、まったく不明である。


「身体能力は高くない。光球の威力も、コントロールしようと意識するあまり、まずまずになってしまっている」


 もっともな発言だ。

 私の戦闘能力はまだ未熟。グレイブに近づけるようなものではない。


「ただ、勝利を掴もうという心意気はあるな。そして、そのために、色々と考えて動いていた」


 グレイブは静かに瞼を閉じる。

 結果が出るのを、私はひたすら待つ。じっと待つ。


 ——やがて、グレイブはその瞼を開いた。


 彼女の、潤いのある漆黒の瞳には、私の姿がくっきりと映っている。

 闇のような黒でありながら、採れたばかりの果実のように瑞々しい瞳は、まるで水面のよう。


「それゆえ、合格だ」


 グレイブの落ち着きのある声が、そう告げた。


「……合格、ですか?」


 一瞬聞き間違いかと思った。

 そこで聞き返してみたところ、グレイブは「そうだ」と言って頷いた。やはり私の聞き間違いではないようだ。


「ということは」

「あぁ。まもなく実戦投入だな」


 いよいよ、といったところか。


 今すぐ実戦が始めるわけではないのに、体が強張るのを感じる。「実戦投入」と言われただけでこの強張りだ。いざ戦いの場に立った時の緊張感は、恐らく、今では想像できないくらいのものだろう。


「まだ一人前とは言えないが、サポートがあれば十分役には立てるはずだ」

「……頑張ります」


 胸には不安が渦巻いている。

 だが、それと同じくらい、わくわく感もある。


「どうした? あまり自信がなさそうだが、何か不安要素でも?」

「い、いえ」

「そうか。それならいい」


 短く言葉を発してから、グレイブは、その手で私の肩をぽんと叩く。


「実戦ではお前一人で戦うわけではない。だから心配するな」


 声は静かだが、言葉そのものは温かなものだ。


 こうして、私の実力試験は終了した。



 合格したことをトリスタンに早く知らせたい。彼は本当に親身になって、色々と教えてくれたから。


 けれど、今、どこにいるのだろう?


 恐らく基地内にはいるものと思われる。だが、基地内と言っても広い。一人で探して回るのは、あまりに非効率的だ。


 そんなことを考えつつ、私は地下牢へと向かう。

 ゼーレの昼食の時間である。


 早くトリスタンを見つけたいのだが……役割だから仕方ない。



 地下牢内にある配膳室で一人分の食事を貰い、ゼーレがいる個室へと向かう。ここは昼間でも暗い。足下に注意を払いつつ、私は運んだ。


 やがて彼の部屋へ着く。

 コンコンと二回軽くノックして、扉を開け、中へと入っていった。


「……何です」


 鎖で繋がれたゼーレは、私の存在に気がついたらしく、面倒臭そうに顔を上げる。


「お昼ご飯、持ってきたわ」

「もうそんな時間ですか……煩わしいですねぇ」

「煩わしい?」

「えぇ。一日に何度も入ってこられるのは、煩わしいとしか言い様がありません」


 はぁ、と溜め息を漏らすゼーレ。


 私は彼のための食事を、彼の横まで運ぶ。そして、スプーンを手に取る。


「いいから。さ、食べましょ」

「何ですか、その言い方は。私は子どもではありません」

「不快だったら、ごめんなさい。でも、食べなくちゃならないでしょ?」


 ゼーレは両腕を体の後ろでくくられてしまっている。そのせいで、自力で食事がとれない。だから、誰かが食べさせてあげなくてはならないのだ。


 私は彼の銀色の仮面を下の方だけ浮かせ、スプーンを口へと差し込む。


 それにしても、母の仇でもある男にこんなことをしなくてはならないなんて——運命とは実に残酷なものである。


「……そういえば」


 口に含んだものを飲み込んだ直後、彼は、思いついたように口を開く。


「今朝は貴女ではありませんでしたねぇ」


 そんなことを言うなんて、少し意外だと思った。


 私であろうが他の者であろうが、ゼーレにとっては敵だ。つまり、本来誰であろうがどうでもいいはずなのである。

 だが、今の彼の発言だと、「誰であろうがどうでもいい」という感じではなく聞こえる。


「何か用でも?」

「えぇ、そうなの。ちょっとだけね」

「そうですか。ま、貴女がいてもいなくても、私には一切関係ありませんがねぇ」


 敢えてそんなことを言うところがゼーレらしい。

 そんなことを考えていると、いつの間にか笑ってしまっていた。彼の不器用さが微笑ましいからだ。


「それで、ちゃんと食べたの?」

「えぇ。ちゃんと追い返しましたよ」

「そう、それなら良かっ……って、違っ!」


 うっかり流してしまうところだった。


「追い返したって、どういうこと!?」


 信じられない。

 そんなことをすれば余計に立場が悪くなることは明白ではないか。なぜ敢えて刺激するようなことをするのか、まったく理解できない。


「『感謝しろ』だの『這いつくばって食え』だのうるさかったので、帰っていただいただけのことです」


 ゼーレは落ち着いていた。淡々と言葉を紡いでいく。


「まぁ確かに、その言い方は酷い気もするけれど……」

「私は、愚か者でないので無意味な抵抗をしないだけです。レヴィアス人に屈服したわけではありません」


 どうもそういうことらしい。


 初期に比べればだいぶ話してくれるようになったゼーレだが、まだ心を開ききってはいないようだ。

 もっとも、当たり前といえば当たり前なのだが。



 その時。


 パタパタという乾いた足音が、耳に飛び込んできた。

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