episode.34 これは試験、そして戦い
「さあぁぁーて! それでは、マレイさんの実力試験! 制限時間は六分でぇぇーすぅぅー!」
修練場のメインルーム内、グレイブと私は向かい合わせに立つ。その中間にいるのは審判役のシン・パーン。巨大な眼鏡と跳ねた髪が印象的な、かなり奇妙な男性だ。
「さてさてぇ、どうなるのかあぁぁぁ!? 観客はいませんがぁ、お二人ともぉぉ、頑張って下さぁいぃぃぃーっ!!」
試験の制限時間は六分。
一見長くは思えぬ時間だ。しかし、恐らく、始まってしまえばかなり長く感じられることだろう。
「よおぉぉぉーいー……」
もっとも、実際にやってみたことがあるわけではないので、始まってみなくては分からない部分も大きいが。
「始めぇぇぇっ!」
試験開始を告げる、シンの異常にテンションの高い声が室内に響く。
こうして、実力試験の幕が上がった。
開始の合図とほぼ同時に、グレイブは腕時計に触れ、相棒の長槍を取り出す。そして、こちらへ向かって走り出す。
トリスタンも言っていたように、彼女もまた、腕時計の力で身体能力が強化されているのだろう。人間が走っているにしてはかなり速い。結構な速度だ。
このままでは、あっという間に接近されるに違いない。
そう思った私は、右手首の腕時計に指先を当てる。そして、右腕をグレイブへと向けた。
赤い光球を、いくつも放つ。
練習に練習を重ね、ようやく自分の意思でコントロールできるようになってはきた。だが、自分の意思で出すと、どうしてもこじんまりしたものしか出ない。
「その程度か」
グレイブは長槍を回転させ、赤い光球を弾く。
そのまま接近してくる。
至近距離で、意識が私に向けられている。初めてなのはその二つだけだ。なのに、それらのことによって、かなりの迫力を感じる。これほどか、と感心してしまうほど。
しかし、感心している場合ではない。
これは試験。私自身の動きを見られているのだ。
「動かないと落ちるぞ」
大きく振られる長槍。
私は咄嗟に飛び退き、一歩退く。そして再び光球を放つ。偶然、先ほどよりかは大きな球が出た。
ただ、グレイブが反応できないほどのものではなかった。私が放った赤い光球を、彼女は長槍の柄で防ぐ。
けれど、彼女の動きが一瞬止まった。
正面からでは敵わない。そう思い、私は彼女の背後へ回る。
いくら光球を放ったところで、正面からなら、長槍に防がれて終わりだ。何の危機でもない今、防がれないほどの威力の攻撃を放つことは難しいだろうし、グレイブが反応しきれないほどの速度で光球を放つというのは不可能である。となると、正面以外から仕掛ける外ないだろう。
……もっとも、正面を外したところで無意味かもしれないが。
だが、何事も試さなくては始まらない。
私はグレイブの背に向かって赤い光球を放つ。できる限りやってみよう、と連射した。
連射はあまりやってみたことがないため、どうなるか分からない部分はある。けれども、初めてを恐れているようでは、彼女に認めてもらえはしないだろう。
「なるほどな」
低い声。それと同時に、グレイブの漆黒の瞳がこちらを向く。
やはり読まれていたようだ。背後へ回っただけで上手くいくほど、彼女は甘くなかった。しかし、そのくらいは想像の範囲内である。
「そう来たか」
グレイブはその唇に微かな笑みを浮かべた。愉快そうな表情だ。
「多少は頭を使ったようだな。だが」
彼女は素早く身を返し、私が放った光球を槍ではね返すと、一歩ずつこちらへ迫ってくる。
大またな歩き方には凄まじい威圧感があるが、この圧力にも徐々に慣れてきた。試験が始まって間もない頃なら怯んだだろうが、そろそろ平気だ。
「無意味だ!」
「……っ」
私は地面にスライディングするようにして彼女と交差する。
背後へ回ったこの一瞬が狙い目。
右腕を彼女の背へ向け、光球を撃ち出す。
「そうか」
一発目が命中する直前、グレイブは後ろ向きのまま、槍の先端部で防御。そこから再び身を返し、続く二三発目も確実に防ぐ。
何度攻撃したところで意味はないだろう。今までと同じように、ただ防がれて終わりに違いない。グレイブの反応速度に私は勝てない。当たり前だ。
この実力差を僅かでも埋めるには——もはやこれしかない。
だから私は、赤い光球を撃ち出し続けた。
可能な限りやろう、と心を決め、連射し続ける。何がどうなることやら分からないが、とにかくひたすら攻撃を続けた。一発だけでも命中することを願って。
「力押しへ切り替えたな」
グレイブは長い柄の真ん中辺りを握り、そこを軸として、長槍を扇風機のように回す。
攻撃のための武器を盾へ早変わりさせてしまう彼女の腕は見事だ。
「確かにお前の球には威力はある」
敢えて認めてくれるあたり、相手にされていない感が満載である。
「だが、私に押し勝てるほどではない」
次の瞬間。
喉元に槍の先が突きつけられていた。
「おしまいだ」
静かなグレイブの声に、私は完敗したのだと理解する。
私が彼女に勝てるわけなどないということは、もちろん分かっていた。 そもそも年季が違う。それに彼女は、あのトリスタンが自分より強いと言うほどの実力者だ。どうやって勝つというのか。
ただ、勝ちを取りに行こうとしていたこともまた、事実である。
だから正直、残念な気持ちだ。
「実力試験はぁぁー! グレイブさんのぉぉ、勝ちぃぃぃーっ!!」
シンは相変わらずのハイテンションで、グレイブの勝利を高らかに宣言した。
その声が、私に、改めて敗北を突きつけた。
……なぜだろう。
グレイブに勝てる可能性なんてあるわけがないのに。自分がまだ未熟であることなど分かりきっているのに。
それなのに……、なぜか、妙に悔しい。




