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暁のカトレア  作者: 四季
3.化け物狩り部隊

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episode.33 緊張の朝

 二週間ほど経ったある朝、私はグレイブに呼び出された。

 待ち合わせ場所は修練場のメインルーム。彼女と初めて会った場所である。


 彼女と会うのは、地下牢でゼーレの扱いについてすれ違った、あの時以来だ。すれ違ったままで終わってしまっている相手と、果たしてちゃんと話せるのか……それを思うと、不安しかない。


 だが、呼び出されたのだから逃げようがない。

 私は勇気を振り絞り、元気よく挨拶しながらメインルームへ入る。


「おはようございます!」


 しかし返事はなかった。


 まだ来ていなかったのかな? と思いながら待っていると、しばらくしてグレイブが現れる。

 彼女は、首にタオルをかけ、タンクトップに黒ズボンという軽装だ。長い黒髪は一つのお団子にまとめてあるのだが、心なしか湿っているようにも見えた。


「少しシャワーを浴びていた。待たせてしまい、悪かったな」


 いつもは血のように赤の唇も、今は薄い色をしている。シャワーを浴びたばかりで化粧をしていない、ということなのだろう。

 それにしても——化粧をしていなくても美しさが変わらないことには驚きだ。


「おはようございます」

「おはよう」


 グレイブはあっさりした調子で挨拶を返す。

 そして、改めて口を開く。


「本題に入ろう」

「は、はい」


 ドクン、ドクン、と、いつもより大きく心臓が脈打つ。

 恐らく、「どんな話が出てくるのだろう」という緊張ゆえだろう。


「マレイがここへ来て、二週間と少し」

「はい」

「この二週間、マレイが懸命に訓練に励んでいたということは、フランやトリスタンから聞いている」


 グレイブは淡々とした口調で話し続ける。


「そこで、だ。そろそろ実戦に出ても良い頃だと思うのだが、お前の心はどうだろうか」

「私の心……ですか?」

「あぁ。実戦に出るということは、危険にさらされるということでもある。だから、心の決まっていない者を出すわけにはいかない」


 この二週間、できる限りの努力はしてきたつもりだ。

 以前に比べれば体力も少しはついただろう。戦闘時の動き方というのも、トリスタンの丁寧な指導のおかげで多少は理解できてきた。


 だが、それでも、すぐには答えられなかった。どうしても「迷い」というものがまとわりつくのだ。

 命の危機にさらされる場所へ行く。それを迷わずに選べるほど、私の心は強くない。


「どうなんだ? マレイ」


 けれども、必要とされる場所で必要とされて生きていくためには、覚悟が必要だ。たとえ恐ろしくても進んでゆく覚悟が。


 だから私は、一度しっかりと頷いた。


「やります」


 するとグレイブは、ふっ、と笑みをこぼす。


「良い返事だ。では早速、実力試験といこうか」

「実力試験って何ですか?」

「フランもトリスタンも説明していないのか。まったく、あいつらは……」


 グレイブは呆れ顔で溜め息を漏らしていた。

 軽く俯き溜め息をつく——そんな時でさえ、彼女は美しい。吸い込まれそうな漆黒の瞳、大人びた艶やかな顔形。そのすべてが魅力的で、魅惑的だ。


「実力試験というのはな、実戦投入前最後の試験のことだ。試験官と一対一で戦闘を行い、試験官に合格を出させれば終わり。分かったな」

「は、はい! それで、試験官というのはどなたで……?」


 言いながら、私は勘づく。もしかして彼女なのではないか? と。


 そして、その予感は的中した。


「私だ」


 よりによってグレイブ。

 私は、暫し何も言えなかった。


 彼女はゼーレの件に関して、私とは真逆の意思を表示している。そういう意味では、一番当たりたくなかった相手だ。


 そんなことを思っていると、グレイブは、まるで私の思考を読んだかのように言ってくる。


「安心しろ、マレイ。意見が違うからといって、試験の評価まで下げたりはしない」

「えっ……」

「それを心配しているのだろう?」


 グレイブはその均整のとれた顔に、あっさりした笑みを浮かべる。


「私とお前では、あの捕虜へ抱く感情が根本的に異なる。それゆえに、私たちは理解しあえない。それは一つの真実だ」

「えっと……」

「だが、試験はまた別の話。私はそこまで話の分からない女ではない。安心してくれ」


 どうやら、意見が異なることによる影響はなさそうだ。影響がまったくないとは考え難いが、彼女がそう言うのだからそうなのだろう。


「では……」

「グレイブさぁぁぁーん!」


 ちょうどその時、一人の男性が、グレイブの名を呼びながらメインルームへ駆け込んできた。


 大きめの眼鏡をかけ、柿渋色の髪が四方八方に跳ねた、いかにも情けなさそうな男性だ。


「ごめんなさいぃぃー! 遅刻うぅぅーしましたあぁぁー!」

「落ち着け、シン。騒ぐな」

「す、す、すみませぇぇんー!」

「黙れ!」


 シンと呼ばれるその男性は、ついに、グレイブに強く叱られた。

 ただ、叱られるのも仕方がないかもしれない。大人にもかかわらず、いちいちこうも大声で騒げば、叱られもするだろう。


 グレイブは呆れ顔で「まったく……」とぼやき、その後、私の方へ視線を向ける。


「驚かせて悪かったな、マレイ。こいつはこんなだが、正気は正気だ。心配するな」

「は、はぁ」


 私はそう答える外なかった。何とも言えない微妙な心境だからである。


 直後、男性が大きな声を出す。


「あーっ! あなた様が今噂のぉー、マレイさんですかあぁぁぁー!?」

「ひっ……」


 彼があまりに身を乗り出してくるものだから、思わず退いてしまった。凄まじい勢いには、微かな恐怖すら感じる。


「シン。名乗るくらいはしろ、名乗るくらいは」

「はっ! そうでしたぁっ!」


 柿渋色の四方八方に跳ねた髪の彼は、改めてこちらへ向き直り、一度コホンと咳のような音を出す。そして自己紹介を始める。


「ボクはシン・パーンと申しますぅ。今日は審判役を務めさせていただきますのでぇ、よろしくお願いしますぅぅぅー」


 その自己紹介に、私は少し驚いた。

 まさに審判をするために生まれてきたかのような名前だったからである。


「あ、こちらこそ、よろしくお願いします。マレイです」

「それはもうっ! もう、存じ上げておりますよぉぉぉー!」


 またしても凄まじい勢いで迫ってきた。

 大きな眼鏡をかけた顔は迫力がありすぎて、近づかれると妙な圧を感じる。ぐいぐいと押されるような、そんな感覚。日頃体感することのない感覚に、私は暫し慣れられなかった。


 個性の強すぎる彼に馴染むには、まだ時間がかかりそうだ。

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