episode.27 朱に染まる、一輪の華
グレイブより命を受けた二人の男性隊員が、ゼーレへと迫る。
ちなみに男性隊員は、一人は刀、一人は拳銃を所持している。
「やれやれ……面倒なのが来ましたねぇ」
一対二の状況だが、ゼーレは平静を保ち続けていた。表情は微塵も揺れない。私と話している時と比べても、今の方が遥かに冷静だ。
「せいっ!」
刀の男性隊員は正面からゼーレへ斬りかかる。トリスタンほどではないが、そこそこ素早い。
しかしゼーレには通用しなかった。
彼は片腕で男性隊員の刀を防ぐと、即座に蹴りを繰り出す。男性隊員はまともに蹴りを食らい、数歩下がる。ゼーレの一秒もかからない反撃には、さすがについていけなかったようだ。
だが、多分、男性隊員が弱いわけではない。
ゼーレの速度が異常なのだ。彼に太刀打ちできる者がいるとすれば、それは恐らくトリスタンくらいであろう。
「威勢がいいのは結構。……しかし」
刀の男性隊員へ接近するゼーレ。
その時、男性隊員の顔には恐怖の色が浮かんでいた。
先ほどの反撃に移る速度に怯んだか、あるいは、蹴りの威力がよほど凄まじかったか。真の理由は私には察せないが、恐らくはその辺りだろう。もっとも、あくまで私の想像だが。
「威勢がいいだけ、というのは可哀想ですねぇ」
遠心力も加えたゼーレの蹴りが男性隊員の胸元へ突き刺さる。
男性隊員は刀で何とか防いだものの、あとほんの少し遅ければ直撃していた、というくらいきわどいところだった。
防御した時の衝撃が凄かったのか、男性隊員の顔は真っ青だ。
「何をしている!」
「す、すみませんっ……!」
救護班と連絡を取り、意識のないトリスタンをそちらへ渡す準備をしていたグレイブが、鋭く叫ぶ。それに対し男性隊員はひきつった声で謝っていた。
「嫌な上司の典型ですねぇ、あの女」
男性隊員の顔色を窺うことさえせず、厳しい言葉だけを吐くグレイブを、ゼーレはさりげなく批判する。
私はそれを聞き、真っ当な意見だと思ってしまった。
「安心なさい。すぐに終わらせてあげ——」
「させるかっ!」
ゼーレが刀の男性隊員に止めの一撃を加えようとした刹那、白く輝く光弾が、ゼーレに向かって飛んできた。拳銃を持った方の隊員が放ったものと思われる。
避ける時間はないと判断したらしく、ゼーレは金属製の両腕で光弾を受けた。これは完全に、彼の腕が生身でないからこそできる芸当だ。
「ふ、防がれたっ!?」
光弾を放った隊員は動揺していた。
「そちらは私が赴くまでもなさそうですねぇ」
ゼーレは動揺する隊員を一瞥し、ふっ、と微かに笑みをこぼす。勝利を確信したような、余裕の笑みである。
直後、彼が乗っていた高さ一メートルほどの蜘蛛の化け物が、動揺する隊員へ襲いかかった。
あの巨大蜘蛛よりかは小さいが、それでも、日常生活で見かける普通の蜘蛛に比べればずっと大きい。脚に薙ぎ払われでもした日には、怪我することは必至である。
「何をしているんだ!」
トリスタンを救護班の者へ渡し終えたグレイブが、視線を戦いの場へと戻し叫んだ。
だが、男性隊員は二人とも言葉を失ってしまっている。まともに返事をできる精神状態ではない。
「なぜ返事しない!」
「ま、待って下さい、グレイブさん! お二人は戦闘で……」
私はついフォローに回ってしまう。
だって、あんな状態でさらに怒られるなんて、可愛そうなんだもの。
しかし無視されてしまった。なんというか……複雑な気分だ。まさか完全に反応なしとは思わなかった。
「仕方ない。やるか」
少しして、グレイブは独り言のように呟く。
それから、腕時計の文字盤へ指先を当て、長槍を取り出す。
「次は貴女ですか」
「人型、覚悟!」
今のグレイブからはただならぬ殺気が溢れ出ていた。それはもう、第三者として見守っているだけでもゾッとするような、凄まじい迫力である。
「人型とは……おかしな言い方をしてくれますねぇ」
「確保する!」
長槍を手に、グレイブは勢いよく飛び出す。この戦い、まだ分からない。
「威勢がいいだけ、はもう止めて下さいよ」
「甘く見ないでもらおう!」
攻めるグレイブ。護りに回るゼーレ。
それだけを見ていると、一見グレイブの方が有利に見える。攻め続けているからだ。
ただ、まだ勝敗は分からない。
「帝国を揺るがす者を許しはしない!」
「くくく。いかにも正義らしいセリフですねぇ。しかし、そこが嘘臭い」
「黙れ!」
「馬鹿らしい、そんなことで黙りませんよ」
グレイブの槍さばきは、素人の私でも見惚れてしまうほど華麗だった。なぜか目が離せない。
「目的達成のため、邪魔になる者は消します」
「黙れ! トリスタンを手にかけた悪党が!」
「黙ってほしいのなら、貴女の手で黙らせてみなさい」
それからも攻防は続く。何度も火花が散っていた。私からしてみれば、壮絶な戦いである。
——しかし、やがて決着の時は来た。
そのきっかけは、拳銃を持った方の男性隊員が、後方から、ゼーレの足下へ光弾を放ったことだった。ゼーレは目の前の彼女だけに集中していたがために、足首に光弾を浴び、バランスを崩したのだ。
そうして生まれた隙を、グレイブは見逃さなかった。
「……く」
「これで終わりだ!」
彼女は力の限り長槍を振り抜く。
紅の飛沫が散った。
肩から鎖骨の付近にかけて槍に抉られたゼーレは、そのまま数メートル飛ばされ、豪快に床へ落ちた。だが、それでもまだ負けを認める気はないらしく、彼は立ち上がろうとする。
けれどもグレイブはそれを許しはしない。
彼女は、ゼーレが立ち上がれぬよう、彼の片足首に槍の先を突き刺した。
抵抗されようとも、赤いものが溢れても、彼女の心は決して揺るがない。躊躇いもないように見える。
その様子は、グレイブの持つ一種の異常性を、私にまざまざと見せつけた。美しい華には棘がある、とはこのことか。
かくして、この一連の騒ぎは幕を下ろしたのだった。




