episode.23 訓練生の中では浮く
その夜、私は警報音によって目覚めた。化け物の襲撃を告げる、あのけたたましい警報音で。
私はトリスタンの推薦があるので、若干特別待遇してもらっている。しかし、まだまともに訓練すら受けていない身なので、一応訓練生と同じような扱いだ。だから、戦闘に参加することはない。
そういう意味では、少し気が楽かもしれない。……いや、訓練生は訓練生で役割があるかもしれないので、他人事というわけにはいかないが。
『襲撃です! 隊員は速やかに、配置について下さい! 訓練生は講堂へ!』
警報音で目を覚ましたばかりで、半ば寝ているような状態の私は、いきなりの放送に慌てる。何をどうすればいいの、と。
「えっと、えっと……」
帝国軍の制服へ着替える時間はない、と判断した私は、取り敢えず枕元に置かれた腕時計を掴む。それを急いで手首に装着し、大急ぎで講堂へ向かった。
講堂は前に一度くらいしか行ったことがないため、少々不安もある。だが、まぁ、なんとかなるだろう。
——講堂に無事着いた。
が、中へ入るなり、くすくすと笑われてしまった。
「見て、あの子! 制服に着替えていないわよ!」
「やぁね。起きたまま来るなんて、恥ずかしくないのかしらぁ」
聞こえてくるのは、嘲り笑いと嫌みな発言。それらが私へ向けられているものだということは明らかだ。
そもそも私は訓練生の中に知り合いがいない。だから、このような状況においては知り合いがおらず、誰とも話せないのだ。
もっとも、今までそれほど気にしてはこなかったが。
ただ、この広い講堂の中に自分の居場所がないというのは、さすがに少し厳しい。
けれど、こうなることは想像の範囲内。承知の上でここへ来たのだ、場にいづらい程度で弱音を吐くわけにはいかない。だから私は、「そんな柔い精神ではこれから生き残っていけないぞ!」と熱血教師のような言葉を自分にかけ、己を奮い立たせた。
そんな時、突如黄色い声があがった。声の主は恐らく女性訓練生たちだろう。
耳をつんざくような甲高い声に、私は一瞬めまいがしかけた。
「マレイちゃん!」
「……トリスタン!?」
黄色い声を浴びているのは、どうやら彼だったようだ。
なんというか……納得である。
「良かった! 部屋に行ってもいないから、もう連れ去られてしまったかと思ったよ」
「ごめんなさい」
「無事ならいいんだ、気にしないで」
トリスタンの整った顔には、安堵の色が滲んでいた。緊迫がふっと緩んだような自然な表情だ。
「今日もゼーレが来るの?」
「分からない。ただ、その可能性はあるね」
いつもと変わらない接し方をしてくれるのは非常にありがたいことではあるのだが……周囲からの視線が痛い。
恐らく女性訓練生たちからの視線なのだろう。全身に針を刺されたような感覚だ。
「取り敢えず移動しよう」
「え。い、移動?」
「君がここにいたらゼーレがやって来るかもしれないからね」
「あっ、そういうこと。訓練生の人たちまで巻き込まれたら大変だものね」
脱出できるならしたい。
なんせこの場の空気は、私には冷たすぎるのだ。
「そうそう。大丈夫?」
「えぇ」
視線が刺さる刺さる。
しかし「もうすぐここから出られる」と思えば、視線くらいは気にならなくなった。もはや関係ないのだ。
「じゃあマレイちゃん、移動しよう」
トリスタンがそう言ったので、私は一度強く頷く。こうして、私は講堂を出られることになった。
こう言ってはなんだが、正直少しほっとした。
トリスタンに手を引かれ、基地内の通路を駆ける。
何度か体が宙に浮きそうになったくらいの速度に、私はただ戸惑うばかりだった。彼が腕時計で身体能力を底上げしていることは知っていたが、まさかここまでだとは。
同じ人間として、驚きである。
そんな驚きを抱いたまま白い床の通路を走っていると、トリスタンが急に足を止めた。
靴底が床に擦れる音——直後、目の前の壁に何かが激突する。
「グレイブさん!」
トリスタンが声をあげた。
そう、目の前の壁に激突した「何か」は、グレイブだったのだ。長い黒髪と美しい顔立ちが印象的な彼女である。
「トリスタン……と、マレイか」
グレイブはこちらを横目で見て、落ち着きのある声でそう言った。壁に激突した直後だというのに痛そうな顔はしておらず、声も表情も淡々としている。
彼女はすぐに立ち上がり、腕時計の文字盤に指先を当てると、背の丈ほどある長槍を取り出す。
これは何度見ても不思議な光景だ。腕時計から武器を出すなど、現実離れしすぎである。しかし徐々に見慣れてきた気もする。トリスタンが白銀の剣を取り出すところを何度も見たためだろうか。
「加勢しましょうか? グレイブさん」
「いや、問題ない。それより、ここは危険だ。早く安全なところへ」
「分かりました」
トリスタンが頷いてそう答えた刹那。深緑の蛇がこちらへ迫ってくるのが視界に入った。恐らくこれも化け物の一種なのだろうが、蛇と聞いて普通に想像する蛇よりも太く長く、深緑の体は気味悪く輝いている。
「来たな」
グレイブは男のような低い声で短く呟く。
そして、長槍を大きく一振りした。
太く長い迫力満点の蛇は、彼女の長槍に薙ぎ倒され、巨大蜘蛛の時と同様に、塵となって消滅する。グレイブが蛇を倒すのには、十秒もかからなかった。
彼女は強い。そう思った。
巨大な化け物を目の前にしても怯まない度胸。慌てない冷静さ。いずれも今の私には欠けているものだ。つまり、私と彼女は真逆である。
「行くよ、マレイちゃん」
「え、えぇ」
私は、トリスタンが傍にいてくれているから、何とか落ち着いていられる。だが、もし一人だったなら、こんな風ではいられなかっただろう。動くことすらままならなかったはずだ。




