episode.15 挑戦
「では早速。マレイ、その力を見せてもらおうか」
……え?
何の説明も前振りもなく、いきなり何を言い出すのか。
「待って下さい。意味がよく——」
「化け物を貫くほどの赤い光、期待している。これを使い、その力を見せてくれ」
黒髪の美女グレイブは、戸惑う私など微塵も気にかけず、腕時計を差し出してくる。トリスタンが持っているものとよく似たデザインの腕時計だ。
私は仕方なく受け取る。
しかし、できる気がしない。
これで何度目かになるが、あの時は必死だったのだ。私とトリスタン、二人の命がかかっていた。だから何一つ分からないままに腕時計を使い、そして奇跡が起きたのだ。あの赤い光は恐らく、神様が私に貸してくれた力なのだろう。私はそう思っている。
だが、今さら「あれは私の力ではなかった」なんて、言えるわけがない。そんなことを言えば、幻滅されるだろうし、トリスタンの名までも傷つけることになるかもしれないから。
そんな恐ろしいこと、できるはずがないではないか。
「マレイちゃん、どうしたのっ? まさか——できないなんて言わないよね?」
グレイブから腕時計を受け取り、黙り込んでいた私に、フランシスカが声をかけてくる。今一番嫌な言葉をかけてくる辺り、彼女らしい。
「マレイちゃんの赤い光、フランも早く見たいなっ」
「どうしたんだ、マレイ。ここではできないと言うのか?」
美少女のフランシスカと、美女のグレイブ。強烈な挟み撃ちだ。
——あれは奇跡だったんです。
そう言いたい。少しでも早くそう言って、この場から逃れたい、期待から逃れたい。そんな強い衝動に駆られる。
けれどそれでは駄目だ。
これは私自身が選んだ道。楽な方向に逃げるなんて狡い。
「マレイちゃん、無理しなくても……」
「やるわ、トリスタン」
心配そうな顔つきで言うトリスタンの言葉を遮り、私はハッキリと述べた。
できる保証はない。ただ、できないと決まっているわけではないのだ。可能性があるなら私は試す。前へ進むために。
「ようやく見せる気になったようだな」
グレイブが紅の唇に微かな笑みを浮かべる。
「はい。やります」
成功の望みは薄いが、私は強く頷いた。
物は試しである。
「やったねっ。フラン、楽しみ!」
「いかほどのものか、見せていただこう」
私は一度目を閉じる。緊張に震える心を落ち着けるために。それから数秒し、瞼を開けると、あの時の感覚を思い出しながら、指先で文字盤に触れる。
だが、結果は予想通り。
僅かな可能性を信じてはみたが、物事とはそう上手くいくものではないと、改めて思い知る。
——赤い光は出なかった。
長い沈黙。
深い深い暗黒にいるような、そんな感覚に陥る。
「あれーっ? 何も起こらなかったねっ」
少し楽しそうなフランシスカの声。
「そ、そんな。どうして……」
私は思わず漏らす。
分かってはいたが、まさかここまで駄目だとは。
「トリスタン。やはり、夢でも見たのではないか? この娘に特別な力があるとは」
「マレイちゃんが赤い光を出したのは本当です」
「だがしかし……」
「今は危機的状況じゃないから失敗したのかもしれません。あの時は化け物に襲われていたから。それで力を発揮できたという可能性もあります」
トリスタンは、懸命にフォローしようとしてくれた。
最高に気まずい状況の私を擁護しようとしてくれるとは驚きだ。彼の言動には、私の想像を優に越えていく優しさがあった。
「では、化け物の前へ晒して確かめる外ないと言うのか?」
「ある意味そうかもしれないですね」
「それでは、赤い光とやらを目にすることはできないじゃないか。力を確実に使える保証がない娘を化け物の前へ出すことなどできん」
グレイブは腕組みをし、眉間にしわを寄せる。その黒い瞳から放たれる視線は、トリスタンを捉えていた。
「どうすればいいと思います?」
「こちらに押し付けようとするな! 連れてきたのはお前だろう。自分で考えろ!」
グレイブに厳しい言葉をかけられ、トリスタンが言い返そうと口を開いた——その瞬間。
突如として、ビーッビーッと大きな音が鳴り響く。
「ちょ、何!? 襲撃!?」
顔を強張らせるフランシスカ。
「ありえん。まだ午前中だ」
「でもでも、これは化け物襲撃の合図っ。ね! トリスタン!」
フランシスカが振ると、トリスタンはこくりと頷きながら返す。
「そうだね。午前中なんて、かなり珍しいけど」
三人の発言を聞いていると、化け物は大概夜に現れるものなのだと分かった。そういえば、私の生まれた村が襲われたのも夜である。
ちょっとした会話の中にも意外と情報があるものだな、と私は密かに感心した。
「隊員が減っている時を狙って襲撃してくるとは……いつもいつも、卑怯な奴らだな」
グレイブは低い声で呟く。
その美しい顔に浮かぶ表情は険しく、化け物への憎しみに満ちていた。漆黒の瞳は鋭い光を放ち、血のように赤い唇は歪んでいる。
「フラン、状況確認を」
「はいはいっ」
フランシスカは軽く返事をし、桜色のミニスカートのポケットから、片耳に装着するタイプの小型通信機を取り出す。
……それにしても、最先端技術だ。
やはりこれも帝都だからなのだろうか。
ダリアでは洗濯さえ自力だというのに。レヴィアス帝国の技術格差はこれほどのものなのか、と正直驚きを隠せなかった。
「トリスタンはマレイの身を護る。問題ないな?」
「もちろん。言われなくとも、そのつもりです」
淡々とした口調でそれぞれに指示を出していくグレイブは、勇ましく、男らしかった。彼女が女性であると理解していても、不思議と「かっこいい」と思ってしまう。
もっとも、そんなことを考えているほど余裕のある場面ではないのだが。




