episode.12 帝都に到着
列車に乗ること数時間。
帝国に着いた時には、既に夕方になっていた。
つい先ほどまで真っ青だった空は、いつの間にか赤く染まっている。水彩画のように透明感のある、柔和な印象の空だ。ダリアの夕暮れ時とは、また違った雰囲気がある。
列車から降りると、辺りにはたくさんの人がいた。さすがは帝都——しかし、なぜか皆、帰りを急いでいる。
そんな中を、私はトリスタンに手を引かれながら歩いた。
慣れない人混みだ、ぼんやりしていては彼を見失ってしまう。だから私は、手と手が離れないように気をつけつつ、懸命に彼の背を見つめる。見失わないように。
やがて、ある程度駅から離れると、心なしか人が減った。どうやら駅前は混んでいるらしい。帝都と言っても、人が多い場所と少ない場所の差はあるようである。
「この辺りまで来ると、ちょっと人が減ったわね」
余裕が出てきたため、私はトリスタンに話しかけてみる。
すると、前を行っていた彼は、くるりと振り返った。
あれだけの人混みを歩いた後だというのに、彼は、いつもと何ら変わらない穏やかな表情をしている。疲労の色など欠片もない。
「慣れない?」
「えぇ。ダリアにはない光景だったわ」
ダリアも過疎化しているわけではない。それどころか、人の行き来は多い方だと思われる。しかし、ダリアにいる人々の多くは観光客だ。だから、先ほど駅の付近で見た人々のように、せかせかと歩きはしない。
歩くにしろ、話すにしろ、ダリアの人々と帝都の人々では、速度が違うようだ。不思議なものである。
「あんなにせかせかしている人の大群は見たことがないわ。なんだか、凄く新鮮」
良い意味でも、悪い意味でも。
「みんなが急いでいたのは、夕方だからだよ」
「そうなの?」
私はトリスタンと横に並び、石畳の道を歩いていく。硬い石畳が足の裏に触れるたび、何とも言えない気分になった。
「そうだよ。帝都じゃ夜には化け物が出るからね」
当たり前のように言うのを聞き、目が飛び出しそうなほど驚く。これほどの凄まじい驚きは、さすがに隠せていないことだろう。
「驚いた?」
「えぇ、かなり」
「ま、そうだろうね。ダリアはまだ化け物の発生件数が少ないみたいだし」
トリスタンは淡々と話す。
「そういうわけだから、マレイちゃん。これからは夜に一人で出掛けない方がいいよ。……いや、出掛けるのは原則禁止」
ある意味、当たり前かもしれない。
夜間に女が一人で外出するというだけでも危ないのに、加えて化け物が出るとなれば、もはや危険しかない。
「分かったわ。でも化け物が現れるなら、屋内でも危険なんじゃないの?」
「場合によっては、ね。ただ、屋外にいるよりかは間違いなく安全だよ」
彼の答えは予想外に普通だった。なので私は、さらっと、「まぁ、それはそうでしょうね」とだけ返した。それ以上の反応が思いつかなかったのだ。
それからも、私たちはひたすら歩いた。人の少ない道を、ゆっくりと。
帝国軍の基地だという建物へ到着すると、トリスタンは私に「ここで待っていて」と言う。なので私は、玄関口のソファに腰掛け、彼を待つことにした。
慣れない場所で一人になるとどうしても不安になる。悪いことが起こるのではないか、と考えたくないことが湧いてくるのだ。
そんな時。周囲を見渡しながらぼんやりしていた私の耳に、「こんにちはっ!」という明るい声が飛び込んできた。向日葵のように明るく晴れやかな声である。
声がした方へ顔を向けると、そこには、可愛らしい顔立ちの少女が立っていた。
「……あ」
「見かけない顔だけど、お客さんかなっ?」
ミルクティー色のボブヘア、長い睫毛に大きな瞳。そして、白い詰め襟の上衣に桜色のミニスカート。女性より少女という言葉の方が似合いそうな、柔らかく愛らしい印象だ。
さすがは帝都。
こんな美少女がいるなんて、驚きである。
「あ、えっと……」
つい視線を逸らしてしまう。
彼女の顔が愛らしすぎて眩しかったからだ。
ダリアにも可愛い娘はいたが、帝都の美少女はやはり格が違う。
「フランシスカ・カレッタっていいます! 何か用件があるなら聞くよっ?」
「人を待っていて……」
「あっ、そうなんだ! 誰を待っているの?」
曖昧な返事しかできない私にも、フランシスカは屈託のないはつらつとした笑顔で応じてくれる。
その心の広さに私は感動した。見ず知らずの他人にも優しく接する余裕のある人間など、滅多にいないと思う。
「トリスタ……トリスタンさんです」
いつもの調子で呼び捨てしそうになり、焦って言い直した。
本人の許可はあるものの、他の者にまで呼び捨てで言うのは問題があるだろう——そう思ったからである。
その瞬間、目の前の彼女は少し言葉を詰まらせた。ほんの数秒だけ顔面から笑みが消える。
だが、すぐに華やかな笑みを浮かべなおす。
「あっ……そうなんだ! 貴女、トリスタンと知り合いなの?」
「はい。少しだけですけど」
「へぇ、そうなんだ! トリスタン優しいもんね!」
その言葉を聞いた時、不穏な空気を微かに感じた。さっぱり晴れていた空に一塊の雲がかかったような、そんな感じだ。
しかし私は心の中で首を左右に振る。
こんなに素敵な笑顔の美少女が、嫌な感じの発言をするわけがない。不穏な空気を感じるのは、私の心が汚れているからなのだろう。
「はい。何度も助けていただきました」
「だよねー! トリスタンって、ホントに優しいよねっ」
なぜだろう、彼女の中に黒いものを感じる。そんなこと、あるわけないのに。
「マレイちゃん、お待たせ!」
ちょうどそのタイミングで、トリスタンが戻ってきた。
「ト……」
「あっ、トリスタン! お帰りなさいっ!」
フランシスカは、私が言うのを押さえて言い放つ。かなり積極的だ。
「あれ、フラン? どうしてマレイちゃんと一緒に……」
トリスタンが怪訝な顔をすると、フランシスカは屈託のない笑みを浮かべたまま返す。
「偶然だよっ」
向日葵のような明るい声は健在だった。
「それよりトリスタン! フラン、トリスタンの帰りを待ってたの!」
「ふぅん」
「もう! その返事、何なの!?」
そう言って頬を膨らますフランシスカ。やや一方通行感が否めない。
トリスタンはそんなフランシスカを軽く流し、私の方へ歩いてきた。
「ちょうど良かった。せっかくだし、先に紹介しておくよ」
そして、フランシスカを手で示す。
「もう聞いただろうと思うけど、彼女はフランシスカ・カレッタ。化け物狩り部隊の一員だよ」
「マレイ・チャーム・カトレアです。よろしくお願いします」
私は一応、簡単にだけ挨拶しておいた。
すると彼女は、ミルクティー色の柔らかな髪を指でいじりつつ、改めて自己紹介をする。
「本名はフランシスカ・カレッタ。だけど、これからはマレイちゃんも、フランって呼んでね。よろしくっ」




