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暁のカトレア  作者: 四季
8.暁を夢みて

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episode.117 レアものの時間稼ぎ

 時は少し遡り——まだフランシスカとゼーレがリュビエと戦っていた頃。



「帝国を手に入れるために……貴方は化け物を使って私たちを襲うの?」


 すぼめた手のひらですくい上げた水は、はらはらとこぼれ落ち、水面に当たってぱしゃんと切なげな音を立てる。


「そうだ」

「……どうして、そんな方法を選んだの。死者が出るような乱暴な手段で帝国を手に入れたって……何の意味もないじゃない」

「いいや。意味がないことはない。どんな手段を使おうが、帝国を我が手の内に入れることができればそれでいい」

「そんな!」


 心無いボスの言葉に、私は思わず声を荒らげてしまった。

 願いを叶えるためなら何人犠牲になっても構わない、というような言い方に賛同するような真似はできない。作戦中だろうが何だろうが、それだけは絶対だ。


「酷いわ! どうしてそんな風に思えるの!」

「騒ぐな」


 注意されたため、私は声の大きさを小さめに調整する。


 ここはボスのテリトリー内だ。それゆえ、彼を刺激しすぎてはいけない。うっかり怒らせてしまえば、倒すどころの話ではなくなってしまう。場合によっては、私の命さえ危ない。


「……そうね、ごめんなさい。でも……本当に、なぜそんなことを簡単に言えるの? 誰かが死んだり、それによって悲しむ人がいたりするのよ。なぜ、それを問題だと思わないの?」


 私はボスの顔色を窺いつつ口を動かす。

 それに対してボスは、地鳴りのような低音で返してくる。


「そんなことは、お主と我が話すべきことではない」

「いいえ。話すべきことよ」


 私もボスも無関係、というわけではないのだから、話したって問題はないはずだ。


「話すつもりは毛頭ない」

「そう……教えてくれないのね」

「お主はその力の研究材料となれば、それでいいのだ」


 随分失礼な物言いである。


 私だって人間だ、生活もあるし友人もいる。他の人間と同じように、毎日普通に生活しているのだ。

 にもかかわらず、研究材料だなんて。失礼にもほどがある。


「貴女は私のことを道具としか考えていないのね」


 今すぐ飛びかかりたい苛立ちぶりだ。しかし、今ここでボスに飛びかかっても何の意味もない。だから私は、ちょっとした嫌みを言うだけで済ませた。


「そうだ。だが、お主のような力の持ち主はなかなかおらん。そういう意味では、かなりレアものと言えるやもしれんな」


 ボスは両手を腰に当てたまま、低い声でそんなことを言った。

 重厚感のある声が空気を引き締める。だが、その程度で怯む私ではない。


「レアものですって?」


 グレイブらが現れるまで、ボスをここに引き止める。それが、今私が、一番しなくてはならないことだ。そして、今回の作戦においての最重要部分でもある。


「失礼ね。他人を物扱いするなんて」

「お主の感覚からすれば、そうなのやもしれんな」


 完全否定ではないところが、微妙に腹立たしい。他人事のように言うのは止めていただきたいものだ。



「——で、時間稼ぎはもう満足か?」


 会話の途中、ボスが唐突に言った。


 直後、私の首に刃が突きつけられた。銀色の、ぎらりと煌めく、よく斬れそうな刃だ。


 ボス本人が突きつけているのではないが、恐らく、彼の手の者の仕業なのだろう。背後から伸びてきている。


「時間稼ぎ? どういうこと?」

「とぼけるなよ、マレイ・チャーム・カトレア」


 恐る恐る、背後へと視線を向ける。すると視界に、銀色のロボットのようなものが入った。私の首に突きつけられている刃は、そのロボットのようなものが持つ剣の先のようだ。


「付近に刺客がいることは分かっているぞ。視線と気配でまるばれだ」

「……何のことだか分からないわ」

「あくまでとぼけ続ける気か」


 ボスの視線からは、凄まじい迫力が感じられる。見る者が生命の危機を感じるほどの威圧感だ。


「ならば!」


 口調を強めるボス。それとほぼ同時に、私の首もとに当てがわれていた刃が首に食い込む。ギリギリ斬れてはいないものの、ほんの少しでも動けば皮膚が斬れそうである。


「……っ!」

「容赦はしない。覚悟しろ、マレイ・チャーム・カトレア」


 ボスは言い放ち、その後、中庭内のあらゆるところへ視線を向けた。ぐるりと一周見渡して、それから低い声で告げる。


「刺客よ、出てこい。出てこぬならば、この小娘を殺す」


 グレイブらは本当に既に来ているのだろうか。ボスは視線や気配で分かると言うが、私にはちっとも分からない。今はただ、彼女らが来てくれていることを願うのみだ。


「今日は特別だ、十秒だけ待ってやろう。その間に出てくれば、この小娘の命を助けてやってもいい」


 リュビエと同じく、ボスもかなりの上から目線である。


「十、九、八……」


 ボスのカウントダウンが始まった。

 カウントダウンもするのか……、という突っ込みはさておき。


「七、六、五……」


 あっという間に半分。


 これはそろそろ出てきてくれないとまずい。

 ボスの言葉が本気かどうかは不明だが、カウントダウンが終われば私の首が飛ぶ可能性だってあるのだ。


「四、三、二……」



 そこまでボスが数えた瞬間。



 白い光が私に向かって飛んできた。

 まるで、夜空を駆ける流れ星のように。



「お待たせ、マレイちゃん」


 ——気がつくと、私の前には、白銀の剣を構えたトリスタンが立っていた。


「トリスタン!」

「大丈夫だった?」


 私が思わず名前を呼ぶと、トリスタンは首から上だけ振り返って尋ねてきた。私はすぐに頷く。


「えぇ、もちろん! もちろんよ!」


 さらりと揺れる金の髪が、なぜか凄く懐かしい。前に見た時から時間はそんなに経っていないはずなのに、まるで旧友に会ったかのような気分だ。


「マレイちゃん、これを」


 トリスタンが投げてきたのは腕時計。没収されていることを想定して、持ってきてくれていたのだろう。


「ありがとう!」


 速やかに右手首に装着する。


「後は僕たちに任せて」

「できることがあるなら、私も手伝うわ」


 トリスタンが来てくれたことで心に余裕ができたからだろうか、今は上手くいきそうな気がする。

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