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暁のカトレア  作者: 四季
7.囮作戦

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episode.109 いつか明けを見るために

 木製の剣を構えていた坊主頭の男性隊員は、ボスの一瞬の攻撃によって、胸元から血を流して倒れた。


「……っ!」


 その光景を目にした女性隊員は、愕然として言葉を失っていた。顔面蒼白になり、両手で口元を覆っている。仲間が一瞬にしてやられたという事実を、受け入れきれていないのだと思う。


「何てことをするの!」


 私は思わず叫んでいた。


 心ないことをしたボスに対して、である。人を人とも思わないような行いは、許されたものではない。私欲のために他者を傷つけるなんて、論外だ。


 続けて私は、腕時計をはめた右手首をボスの方へと向ける。


「貴方の狙いは私でしょう! 他の人を巻き込むのは止めて!」


 ボスの視線が私へと向く。


 その瞬間、悪寒が走った。


 彼の目つきは極めて鋭いものではない。なのに、信じられないくらいの恐怖感を覚えてしまう。

 だが、その程度で怯んでいるようでは駄目だ。そんな弱い私では、この先待ち受ける苦難を乗り越えてはゆけない。


「さすがだな、マレイ・チャーム・カトレア。やはりお主は、我の目的達成のために必要な娘だ」


 その瞬間、リュビエの鋭い視線が飛んでくる。嫉妬をはらんだような視線が肌に触れると、チクッと痛んだ。ある意味恐ろしい。


「では連れ帰るとしよう」

「させないわ!」


 ボスが私のいる方へ一歩踏み出す。女性隊員はそれに反応し、すぐさま、私とボスの間へ入る。


「マレイちゃんは渡さないわよ」


 黒いショートヘアが印象的な女性隊員は、険しい表情でボスを見つめていた。演技のはずなのに、演技とは到底思えないリアルな表情だ。


 それから彼女は、手首に装着した腕時計へ指を当てて銃を取り出し、胸の前で構えた。そこそこな大きさのある銃器は、まるで敵を威圧するかのように黒光りしている。


 銃口を向けられたボスは、すぐ後ろに控えているリュビエを一瞥し、彼女に、小さな声で「やれ」と命じる。

 そんなボスの指示に対し、軽く頭を下げつつ「はい」と答えるリュビエ。やがて彼女は、ゆったりとした足取りで、ボスより前へ歩み出る。


「我が偉大なるボスに逆らったこと、地獄の果てで後悔なさい」


 そう吐き捨てたリュビエの手には、赤く細い蛇が絡みついていた。前に見たことのある、蛇の形をした化け物だ。


 狙いは私なのか、あるいは女性隊員なのか。その答えは分からないが、いずれにせよ、危険であることに変わりはない。


「……蛇?」


 女性隊員は眉間にしわをよせ、怪訝な顔をして呟いた。

 それに対してリュビエは、見下したような笑みを浮かべる。嫌な感じの笑みを。


「その通り」

「何をするつもりなの……?」

「偉大なボスに逆らった愚か者を断罪する。ただそれだけのことよ」


 リュビエがまとう黒一色のボディスーツは、てかてかしており、何とも言えぬ不気味さを漂わせている。


「それがあたしの役目よ」


 うっすらと笑みを浮かべつつ述べるリュビエ。彼女の視線は、今、女性隊員へと向いている。ということは、リュビエの狙いは女性隊員なのだろう。


「さて、話もここまで。とっとと片付けさせていただくわ」


 ふふっ、と笑みをこぼし、リュビエは続ける。


「消えなさい!」


 言葉が威勢よく放たれると同時に、大量の蛇が現れた。急に現れた個体は、すべて、直径五センチ程度太さだ。


 どうやら、赤く細い蛇の出番はまだのようである。

 女性隊員は負けじと銃口を上げ、弾丸を放って対抗した。光輝く弾丸は大量の蛇を消滅させていく。


 だが——彼女は既に、リュビエの罠にはまっていた。


「えっ」


 女性隊員の首筋には、いつの間にか、赤く細い蛇が這っていた。そのことに気づいた女性隊員は、すぐに、払い落とそうと試みる。しかし既に遅かった。


 彼女はカクンと膝を曲げ、床に倒れ込む。


 トリスタンでも耐えられなかった毒だ、彼女が耐えられる可能性はかなり低い。


 そんな光景を見つめていたところ、いつの間にやら接近してきていたボスに手首を掴まれてしまっていた。その力の加え方から察するに、私の手首を折るつもりはなさそうだ。


「……離して」

「残念だが、それはできない」


 ボスは静かな声で答える。

 乱暴さは感じられない声だが、地鳴りのような低音が不気味だ。


「お主には、我のところへ来てもらわねばならんのだ。お主の力が必要なのだ」


 そんなこと言われても、ちっとも嬉しくない。


 人を傷つけ、世界を壊す。そんな邪悪な者に必要だと言われても、喜びの感情など微塵も芽生えない。むしろ不快感が湧くだけである。


 ただ、今回はボスに誘拐されることが私の仕事だ。だから、下手に抵抗するというのは良くない。ここは大人しくしておく方が賢いのかもしれない、と思った。


「傷つけるつもりは毛頭ない。だが、抵抗するというのならば、傷つくこととなるだろうな。マレイ・チャーム・カトレア、利口なお主になら、どうするのが正しいかくらい分かるだろう」


 山のように大きな体をしたボスは、低い声でそんなことを言っていた。

 やはり、傷つけること自体が目的ではないようだ。それなら、ここは大人しくしておく方が賢明だろう。


「……分かったわ」


 これからどうなってしまうのだろう、という不安は付きまとう。けれども今は、私がすべきことだけに集中しなくてはならない。それが最優先である。


「その代わり、もう誰にも手を出さないで。それを約束してくれるなら、貴方についていってもいいわ」


 するとボスはゆっくりと頷く。


「いいだろう。お主が我のところにいる間だけは、襲撃はしない。それで文句はないな」

「いいえ。ずっとよ。二度と誰にも手を出さないと誓って」


 少々強気に出てみる。

 今ならいける気もしたのだが、これにはさすがに頷いてもらえなかった。もっとも、当たり前といえば当たり前なのだが。


「残念ながら無理な願いだ。お主が我のところにいる間、に限定する」


 ……まぁそれでもいいだろう。


 ずっと襲撃され続けるよりかはましだ。



 こうして私は、いよいよ、ボスに連れていかれることとなった。


 当然不安はある。先の見えぬ道を行くことに対する恐怖感も大きい。

 だがそれでも、今の私は、やる気に満ちている。私は決して強くなどないけれど、自分にしかできないことがあるのだから、やるしかない。いや、やってみせよう。やり遂げてみせよう。



 そして、私は必ずこの目で見るのだ。



 ——この国の夜明けを。

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