行方不明者
私はずっと行方不明のまま
おまわりさん、お願いよ。私を見つけないで
私はずっとこのまま
迷路の周りでぐるぐる
ぐるぐるぐるぐるぐるぐる
お巡りさんはいつも忙しそうね
そんなに忙しいのなら私をさがず暇もないよね
それでいいの
四方囲む壁の、高い壁の外堀を歩く足音を覚えてしまった
コツコツ
革靴の音。ジャラジャラ鳴らす鍵と手錠と
たまに聴こえる甲高い金属音
覚えてしまって
きっと私もああやってあんな風に
なりたいの…?
私はずっと行方不明のまま
迷路の中に入ればいいのに
人は迷って、一生迷いながら生きるもの
あの入り口で母親が子供に手招きをしていた
あなたもおいで、でなきゃあなたを見つけられない
おいで
私も言われて
手を伸ばしては見たものの
明かりのない迷路の中には答えがあると思えなくて
そもそも答えなんてないのかもしれない
迷路で迷うことに意味がある
入りもしなければ、はじまらない
なのに
私は、手を払って入り口を遠ざけた
だからずっと入り口のある壁に来ると
そっちを見るのが怖くて
走って見ないように、走って
抜けて
何回目になるだろう
一日という概念の中で私は何度この壁の周りを
ぐるぐるぐるぐる
あるいているのか
あのお巡りさんと鉢合わせしてしまわないように
足音をよく聞いて
声を潜めて足を忍ばせて
まるで
まるでひとりぼっちの子供のお遊戯
そうして
また今日も
私はずっと誰からも見つかることなく
どこにもいない
行方不明のまま
もしくは、どこにでもいるから行方不明のまま
どうしたの
少し前に
入らないの
あの迷路から遠ざかったその日に
迷路の中に
お巡りさんに見つかった
私は誤魔化して
何回も誤魔化して、迷路を拒絶して
入り口が分からなくて迷ってしまって
なんて四方しかないのなら周れば分かることを
素っ頓狂に述べて
それならこっちの角を…
お巡りさんはお巡りさん
丁寧に子供のままの私に親切に対応して
ありがとうございます
迷路の入り口が見えた
入らなくちゃいけないのは
みんなそうしてきているからで
例外で。特別で。奇跡的に
なんてことはなく
私も迷路に入ることではじまる
手招くそれらは同じ人のはずなのに
全く別の何かに思えて
今までの世界で同じように生きてきたはずのなのに
全く違う世界で産まれたようで
これじゃあ、暗くて終わりを見つけられないじゃないか
手招くそれらは、おいでおいで
優しい声で呼ぶけれど
行きたくない。いきたくないいきたくない
そんな風に走って抜ける
走ってまた迷路の角を曲がって
外堀のあてがあるはずない
あれ、なかった?
お巡りさんが目の前に
綺麗に磨かれた革靴
腰にぶら下げる手錠とどこかの鍵に
黒光りする拳銃
その立ち振る舞いに安堵感を抱いたのは何故だろう
でも
でもね、この人も私をあの中に入れたいに決まっていて
いつまでもこんなところにいられちゃ邪魔なわけで
だからまた言い訳を
泣きそうな顔を見せないように
すみません、分からなくて…もう一度教えてください
あの角をね曲がって、次の角を曲がる手前にあるよ
今度はより丁寧に、絶対に分かるように
これで分かんなかったらただの阿呆だってくらいに
それでも私は
ありがとうございます
阿呆だから
見えた入り口を
今度は見向きもせず走って走り抜けて
曲がった瞬間さっきのお巡りさんが逆周りしてきていて
ぶつかる
ごめんなさい、あの
なかった?入り口
あの、やっぱり分からなくて、すみません
なんて、へらへらして
どうしようって困って途方に暮れています
それを出せているかな
それなら案内するよ
お巡りさんは優しいから
手招くあれらとは、あの人達とは違う声色で
みんな優しいはずなのに
どうしてこんなにもこの人の顔は穏やかなんだろう
いいです
でも、また迷っちゃったら困るから
私は行方不明でいいです
え?ごめん、もう一回言って?
私、大丈夫です。今度こそわかると思います。
そう、それならいいけど、あの角だよ。気をつけてね
どうして
気をつけるも何も角を曲がればあるんでしょ
お巡りさんは私の言葉を信じるのだろうか
また見えたあの迷路の迷宮の入り口
早くおいで
手遅れになってしまうから
迷路に入らないといけないって決まりはなに
迷うことで人は成長していくの
あの子の親はくどくどと子どもに話してた
あの子はもうあの中で
あの中でどう生きているのか
行方を眩ませていても
完全に消えることは無謀
手段をしっていてもそれは駄目だって
それが駄目なことは当たり前なんだって
いきたくない
この先に入りたくない
私の後ろから何人もこの迷路に足を踏み入れて
踏み入れたっきり誰も出てこないの
それも当たり前
だって、人は迷うものでしょう
逃げているの
私は
迷うこともせずに
逃げてる
ってことはそんなの、言われなくても
言う人もいない外堀で
お巡りさんはずっとここにいたのかな
そして、また走って
入り口から私を遠ざけて
角を曲がる
曲がろうとした
これじゃ、またお巡りさんに鉢合わせ
そろそろ誤魔化せないよね
阿呆もここに入るものだ
みんなその権利があるから
じゃあ入らない人は権利を放棄してる?
お巡りさんの足音が聞こえる
お巡りさんがこの壁に来る
走って走って会わないように
ほらこれで
これなら私は完璧な行方不明
存在があろうがなかろうが認識されなければ
私はいないも同然
むしろ、いない。それそのもの
だからあれ以来、私はお巡りさんとお遊戯してる
ひとりぼっちの追いかけっこ
きっとお巡りさんは私がいないと思ってる
忙しそうなお巡りさん。私のことも忘れてるよね
迷路に入れもしない
逃げて、見つけないで。お願いよ
そればっかり考えて
いつかこのまま骨にでもなってしまうの
見つかることのないまま
いいえ、骨となって見つかるまで
これも違う。そもそも灰になっても見つからないのかも
なら、今いきたくないのは正直な話で
これもそれで人生だったと呼べるなら
迷路でも迷うことが苦痛になればいずれ…
なにから
逃げてるんだろう
変わってしまいそうだから?
また一からやり直し?
今までが消えてしまいそうで
どうせ消えてしまうならどうでもいいことなのに
あれ。また、泣きそう
………
銃声が多くなってきている
お巡りさんはなにを撃ってるの
なにも撃ってないの
誰を撃ってるの
優しそうなお巡りさん
撃つのはきっと悪いものがあるからだよね
私もあれで撃たれてしまうの
そうだったらいいな
それもいいな。逃げるより逃がしてくれた方が
なんて思っても思うだけ
お巡りさんが来る前にあの角を曲がらないと
だって見つかったらまた迷惑かけちゃう
撃たれてしまうかもよ
それでも片付けるのはお巡りさん
ほら眩ませて。私はどこにもいない
誰も行方不明を探さない
忙しいお巡りさん。迷路に入ればみんな他人のことは
気にしていられなくなっちゃうの
かな
とか
私が私を否定してるのに
私を私以外が肯定するように期待して
さ
すごく本物の阿呆じゃないか
角を曲がればいいのよ
走って、走って
次の角はまた入り口があるところ
その壁は早く抜けたい。のにお巡りさんはゆっくり歩くから
なかなか一つの壁をすぐに周ることができない
足音が遠ざかる。遠ざかれば、近づいちゃいけない
いつだってばれてしまう
もはや私は透明人間に転生してないかな
一つ
気づいたことがあって、それこそ当たり前のことで
逃げるのって疲れちゃうなって
まだ何日も経ってないよね
それでもこんなに疲れてしまうのは
逃げてるから。いつも気を張り詰めてさ
なにしてんだろ。私
今更、あの入り口に入れる?
入れないよ。落ちこぼれでしょ。終わってる
度胸もないから逃げてばっかである種の区切りもつけられない
この壁と私は遮られているのに
お巡りさんはどこ
足音が聞こえない
革靴の心地いい地を叩く音
腰にぶら下げたチェーンが当たる音
拳銃の甲高い金属音
聞こえるはずなのにそろそろ聞こえてもいいのに
聞こえない
あれ。どうして
泣いてる私の声が邪魔で音が聞こえないなんて
止んで止んで
止まんない。止まんない。止まんない
やっと、見つけた。やっぱりまだ入ってない
お巡りさん…
入り口はそこを真っ直ぐ行ったらあるよ
お巡りさん…見つけないでよ
今度は案内した方がいいかな
自分の目を潰して見えませんってことにする?
最大限の言い訳をするために本当に潰しちゃう?
ここまでしても私は阿呆みたい
なんて…冗談だよ
君のお下げはいつも風でなびくから丸見え
行方不明でいたかった私は行方不明にもなれない
私も撃つの?
あれはね、もしもの練習。なにかあった時にいるのがお巡りさんだろう
そんな物騒なことも起こりやすくなってるから
なら、迷路に入れる?
入れないよ。人は迷うものだ。迷路に入って迷って生きる
それが当たり前だって教えられただけのこと
残念ながら君は僕と同じだね
迷路に入れなくて、入りたくなくてここにいる
迷路からが生きてること?
入らなかったら逃げてる?
それを決めたのは世の中の風潮
なら僕はここで生きてやるって
君はどうやらいきたくないようだけど
私は逃げてるのに
逃げてる?まだこれからだろう
迷路に入らないことを逃げているというのなら間違いだよ
入らなくたって人は最初から迷ってるのさ
迷路の中はその的確な道しるべにすぎない
考えを持つんだ。君が迷うためのね
私は、私であることを証明したい
なら、僕と行方不明になる?
壁を周ることで色んな人を見てきたんだ
まだたくさんいるよ、僕らみたいな人も
壁に囲まれた迷路の中よりさ
この外堀の方がよっぽど広くてよっぱど得体の知れない楽しみがある
そう思わない?
そっか、それでもいいのか
理由が阿呆みたいなものでも意味になれば
逃げて逃げて絶対誰にも捕まえられないくらい
遠い、高いところにいってやる
お巡りも退屈になってきたところだからちょうどいいさ
いこうか
私はずっと行方不明のまま