第一章3 依頼人のホンネ
ここ最近ずっとどんよりとしていた空は何処へいったのか、というほど今日は晴れた。
観月美術店の二階、応接間にあるテレビからは、今日からは梅雨が明けて本格的な夏の到来だと気象予報士が嬉しそうに話している。
【東京】の欄に1週間ずらっと太陽のマークが光っていることなどそっちのけで、卓と舞の二人は目の前の客の持ち込んだ鑑定品を前にして唸っている。
「……これは表現が独特で、一言で表すには難がある作品、ですね」
「えっと、あなたのお父様のセンスには何か……こう、底知れぬ才能、というのがあるに違いありませんよ」
二人の鑑定士は前に座る一人の青年にそう口々に評価する。
この一風変わった陶芸品は、どうやらこの依頼主である青年の、末期癌で余命あとわずかな父親が死ぬまでに遺しておいたもののうちの一つだという。
卓はこの青年と自分はなんとなく……親と美術品……という接点を見てみると、境遇が似通っているように思えた。
横にはそれを白手袋のはめた手で慎重に持ち上げ、しげしげと見つめる舞がいる。
「私は、人生の有終の美、渾身の一作だ、という決心のカタマリ、っていう強い覚悟の表れを感じました」
「いやいや、これは作者の家族との別れを惜しんでつくられたものだと推測しましたが」
この作品への率直な自分たちの意見を伝えたつもりだったが、
「これはそんな死の間際に作ったものではないと思うのですが。父親が『記念すべき第一作だからとっておけ』なんて言っていたくらいなので。まだ五十歳手前ぐらいの頃につくったものなんじゃないでしょうか」
遺作にするのなら晩年に制作するはずだ、という固定概念があっさりと崩れ去った瞬間。舞も自分の推理をやすやすと超えた事実にやられた、という顔をする。
まあ確かにそうする人もいるとは思うし、なんとなくこれも第一作というだけあって、この風流とかそういうことと思っていた歪な部分はただ初心者だというだけなのかな、と卓は自分を納得させる。
このままだと場が引けるので、自分の先ほどの間違った批評に対する訂正と、依頼人の父の作品には少しばかり失礼な、今さっき思ったことをオブラートに包みながら言う。
「えーっと、そういうことだったとは全然知りませんでした……多分何か思い違いしてしまったみたいです。だとしたら、このつくりといい活気のある作風からして、この作品自体が若かった時代の作者自身を表しているのではないかと」
「それはちょっと違う、と思いますよ、店長。この鮮やかな辰砂釉は、お父様の仕事への情熱を表しているのではないのでしょうか」
依頼人そっちのけで互いの鑑定士で批評合戦が始まるというこんな感じの二人である。我に返った卓はふと仕事への情熱、と聞いて、ふと三か月ほど前、此処で鑑定士として働き始めたときの舞のまっすぐな瞳が脳裏に過ぎった。
そんな過去にあったエピソードの回想の傍ら、今度は信じられないようなエピソードが青年から告げられる。
「実は、生前の父はその、活動的とは正反対でずっと家に引きこもっていまして」
「……」
二人は黙って青年の話の続きを聞く。
「あと、その頃職場からリストラされてからは職にも就かずに……そういえば買い物のとき以外は本当に外へいっぺんも出ていませんでした。だから僕は父を反面教師として、ちゃんとした職、例えば税理士になろうと思っているんですよね。そしてアウトドアな生活をするために自動車の免許を取って新車を買おうとも」
と、青年は自分の心中をまくし立てるように一気に吐露した。
ここまでか、というほどのとてつもない実父へのディスりようには一同驚愕である。しかもその当人は今にも旅立ってしまいそうだ、というのに。
「そんなことよりも早くこれがいくらになるか知りたいのですが」
どうやらおそらくこの青年は、その形見となるべき存在を売ろうとしているのだ。
なんだか彼の父親から何か祟りでもあったら大変なので、この件については断っておくことにした。
「ええっと……すみません、ここでの引き取りはできません」
夏の本格的な訪れを感じる風とともに、どこからか安堵のため息が聞こえたような気がした。
第一章3
……依頼人のホンネ
◉あとがき
こんにちは。2017年の年越し前最後の投稿となります、作者の黒露雨です。
今回は第2話(※構成し直しにより現3話) ということで、ようやくここら辺から様々な物事が動き出していきます。
この話は自分のやる気と時間がある限りまだまだ続きますので気長に更新を待っていただけると幸いです。
今年の更新はこれで最後となります。皆さん良いお年をお迎えください!




