第一章2 新人店員、入りました!
——私をここで雇って。
「へ?」
聞き間違い?
「ってちょっ待っ……琴吹さん、あの!?」
「聞こえなかったの? もう一度だけ言うよ……『私を雇ってくれ』」
おお……マジかよ。
「こんなところで従業員になって働くのを琴吹さんが希望するってことで?」
「ま、そういうこと。あ、あと琴吹さん、じゃなくて舞って呼んで」
それにしても雇う……これまでの卓には考えもつかなかった言葉だ。まるで店主らしくもない自分にはあまりにもそぐわなく、似つかわしくない言葉だ。
それに、こんな店でもいいのか?
と思ったが、彼女の瞳からあふれる熱意でその言葉は喉元ですっと消えた。
「贋物も見分けられない俺だしな、正しい目の持ち主も必要だな。――じゃ、舞……さん、その目を見込んで雇うことにするよ」
言っちゃったよ。なんだろ。はぁ。
「……そこまで急に自分に自信なくなる人初めて見たかも」
そう言われてふと気づけば自分の声のトーンがだいぶ下がっているし。自信もプライドも遠いどこかに置いてきてしまったのだろうか?
『俺は父さんの店を継いで、いつか外国でいろんなものを見に行きたい!』
そうだった。
俺はいつだって人の背中ばっか追いかけて夢ばっか見てた。
それがもし現実になっても、どんな形で夢が叶ったとしてもきっと幸せになるって信じ込んでいた。
でもさ、幸せになるなんて無理だったんだよ。
勝手な想像だよ。勘違いだよそんなのは。
俺にはやっぱり無理だ、こんなことはきっと出来ない。
否、これからそんなところをこの人の前では見せてはいけない。何故だかそう感じた。
さっきの自分の心境を看過されたにしろ、店主として雇う側に立つ、という決心をしたばかりの自分が、初っ端こんなところで心配なんてかけさせてたまるか。
そう、今はただ、とにかく強い気持ちだけを持ちたい。だからといって無理に声のトーンを上げるのも自分に嘘をついているような気がして嫌だと思った。だから平常心。至って普通に。気にかけてもらっても困るだけだ。
「……たの? おーい……はっ!」
はっ! ってなんだよ。
「あぁ、わりい、考え事してたわ」
「あのー、随分と長い考え事ですねー? いったいどんなことを?」
探ってくるなおい。適当にあしらいますか。
「どんな風に舞さんをタダ働きさせたりコキ使ったりしようかなーと考えてたまで」
「なにそれひっどーい! ブラック企業どころじゃないって、もう超ブラック企業」
「そんなでも入りたいか」
「嫌です」
即答。
ならば……
「前言撤回。ちゃんと給料は払うし女の子は丁寧に扱え、と親父から言われてるもんで……だから取り敢えずちょっと残ってもらいませんかね、舞さん?」
「それなら安心だったよかったー。それとぜんぜん呼び捨てでいいから。私もえっとその……すぐる、って呼んでいいかな?」
「わーった。舞、な。俺のことは何とでも呼べよ」
「でもやっぱりレビュー通り贋物ばかりな店だしなんだろなぁ」
なんだか恥ずかしい卓は、一刻でも早く元凶を片付けるべく、カウンター脇の贋物掛け軸を半ばむしり取るようにして壁から取り去った。
手元に持って、きょとんとしている新人鑑定士を応接間兼倉庫となっている二階のほうに促した。
応接間のソファに彼女を座らせて、いつも飲んでいる紅茶を二人分淹れた。
パソコンのワープロソフトで契約書を作成しつつ茶をすする間しばらく沈黙が続く。
その沈黙が舞は苦手なようで、ついに沈黙を破り、どうにか話題を作ろうと試みた。
「そういえばここでは住んでないよね?」
「ん、まあそうだけど」
「えっと、なんかこの応接間、居心地いいし住まないと勿体ないなー、なんて」
「水回りとかはせいぜいそこのトイレくらいだし、不便だと思うけどな」
「まあそうだよね……」
しばし沈黙。
「ねえ、店の前の青い自転車って卓のもの?」
「あのチャリ? そう俺の」
「ってことは結構家まで掛かるの?」
「家から駅まで自転車で行くついででここに来てるからそんなにかからないんじゃないかな」
「ふうん」
初対面、しかも女子、に対して会話スキルなどまるで持つことのなかった卓のある意味スキル人見知り三本の矢がその二人の空間に一気に放たれた。
「……ねぇ、君ってもしかして、人見知り? それともコミュ症?」
「そうだよ! というかコミュ症発揮しまくりだったじゃないすか! これで逆に……えっ、まさかこれまで気づいてなかったとか!?」
「まあ薄々思ってたけどなんかね……」
気づいてたんかい! というより……
「人をそんな哀れみの目で見ないでいただけます!? 別に同情とか欲しくないんで!!」
目の前に座る女性の目には憐れみの色がはっきりとわかるほど浮かんでいた。
「そんな強がらなくていいんだよ?」
「全然強がってねえから! 本当に!」
「うそぉー! 絶対強がってるよ〜」
「真面目に違うから!!」
そんなこんなでようやく契約書が出来上がった。卓自ら作った契約書は初めてにしては良い出来かなと自賛だがなんとなくそう思う。
父の代もこうして一時期雇っていた時期があった。父よりもずっと若く、20歳ほど離れていたかもしれない男性がここで短い間働いていたこともあった。
その時のものは残ってはいたものの何故だかあまり使う気にならなかった。
そして自作の契約書は印刷機にかけられて舞の目の前に置かれた。
最後に「琴吹」の印が押されたその紙を見つめていると、自分は雇う側の人間になったということを一気に現実味を帯びたように感じさせた。
こちらもハンコを押して、再度印刷機にかけコピーをし、ようやく一連の流れは終わった。
「……ということで舞さん」
「む?」
クッキーを頬張っていた舞は不意に声を掛けられ、つい変な声が出てしまった。急いで飲み込んで卓の方を振り向いた。
「その、シフトとかはどう……されますか」
急いでクッキーを飲み込み、小さな水色の手帳を持ってきた鞄から取り出し始めた。
「えーっとね、大学が終わってからだからーー」
あれこれあったものの、晴れてーーひとまず紙の上での約束でーーこの観月美術店に新たに一人の鑑定士、『琴吹舞』は加わることになった。
第一章2
…………新人店員、入りました!
◉あとがき
どうも初めまして、作者の黒露雨です。
初投稿の作品ではありましたがここまでお読みくださりありがとうございます。
あとがきと言っても何を書けば…。何故この作品を書いたか、という話をしておきますか。
この話は元々2017年「全国高校生創作コンクール」(高校生新聞社様主催)での応募用の作品に書いたものがベースになっています。
実際夏休み後半に追い詰められて書いたため、それはもの凄く酷いものが出来上がり、賞を取るどころではありませんでしたけど(苦笑)
しかしそのままお蔵入りも嫌だなと思いまして、秋から冬にかけ加筆修正してなろうの方に投稿させていただきました。もちろんなろう(?)らしくアレンジはしております。
あ、ひとつ伝えそびれてましたが、この話を書いた時に後に繋げる予定はほぼほぼ無かったんですが、せっかくこのような大手小説投稿サイトに載せるんだから、と調子こいて急遽連載型に切り替えました。
そうそう、のっけから無計画なのでどうなることやら?? あれ、嫌な予感しか……
小説自体初めて書くため、見苦しい文章ばかりですが、それでも読んでいただけてとても嬉しいです。
改めてお読み頂きありがとうございます。
年内に次話投稿予定ですのでお楽しみに!(2017年12月23日 なろう初投稿の際に添えて)




