第二章6 迷探偵との邂逅
現在俺たち兄妹が何処にいるかというと……埼玉のちょっとした有名どころ、小江戸・川越である。
「あれが『時の鐘』、か……こういうの歴史マニアにはたまんないよなー……」
「……いやさぁ……ずいぶん呑気だけども。観光なんて今はやってられないんじゃなかったのか?」
珍しく心配してるようだがもうな、久しぶりのこういう遠出は満喫したいんだ、出来るだけ。
「そうだけどな、気晴らしも兼ねたっていいだろ? 普段ずっと店に立っているんだし」
そう言って卓は大きな伸びをして空気をいっぱい吸い込んだ。
「北関東埼玉の空気美味しい、っていうと思っただろ? ご覧の通り横は車が入り乱れ、車道にはみ出た歩行者が触れるか触れないかのところを大きなバスまでが通過していきます。よって空気はぶっちゃけ都心並みの汚染され具合、こちら川越よりお送りしました」
「ゴタゴタうるせぇ」
はい。
「いやでも仕事の気分バラシには最高ですよ、埼玉中西部は!」
「仕事仕事言うワリには最近やたら家に居座ってた気がしないでもないけど」
「細かいことは気にしない気にしない!!」
「鑑定士なんだから細かいこと気にしろよ全く……あっ、菓子屋横丁は寄っていこ!」
「呑気なのはどっちなんだか……」
まあ、こんな感じで川越の街を楽しんでいたのだった。
しばらくすると、ようやく目的地である特徴的なビルが見えてきた。
「着いたな」
「やけに凝ってるね、このビル……」
外見だけでなく中も負けず劣らず。
照明はわざと落として雰囲気を作ろうとしているのはわかるが見事に失敗している。
壁紙や置物とかも物凄く探偵やってますよ感出してるけど……なんかちょっとずれてるな。
「……とりあえずさ、できるだけ忘れたことを思い出してくれないかぁい?」
いくら旧友で探偵でも流石に情報が少なすぎてこれは駄目だったか……?
ここは宇洋ーータカの探偵事務所、観光地として有名な、誰か轢かれそうなほど人通りと車の行き交う大通り、とはうって変わって閑静な住宅地の一角。
そのため、小江戸川越の雰囲気はほとんど感じられないここ一帯には懐かない、この個性的な建物は浮いて見える。
そしてこの俺たち三人はそのビルの一室、割ときれいで片付いたリビングのちょっとふかふかした椅子にすわり対面している。
「ほんとに思い出そうとしても駄目なんだよな……」
椅子にもたれながら必死に記憶の断片を探り出す。
「無理に思い出そうとしても無駄なのだよ……例えば人生始まって以来の大イベント、そんなのは覚えているかい」
「そこまでの規模の思い出はまあ、覚えているんじゃないか」
「じゃあ、それだけに値する忘れ事って理解になるんだがなぁ」
人生始まって以来なんて大袈裟な。
気持ち悪いぐらいに思い出せない謎。
ものではある。
多分その経緯こそ大事。
諦めつかない俺の体質にはこの問題が引っかかって止まない。
「どうせだから思い出すトレーニングでもしようや。俺ちゃんに会う前か後かくらいはわかるかいな?」
それはちょっと無理ですよね……?
割と出来事として大きくてもそんな頃の思い出……逆に考えるんだ、割と思い出せるかも?
「とりまやって見るか」
「どうぞ」
——(1分経過)——
「……」
「……」
——(2分経過)——
「……なあ、いつまでやってんの」
「いや、無理だね無理」
無理っす。お手上げっす。
「ちょっとさ逆にね? 俺に思い出せ、と言ったお前こそ覚えとんの!?」
「記憶にない」
はっきり断定しやがってこの……。
なんか悔しい。
ふと、隣に座る綾が耳元に囁いてくる。
「ねぇさ、探し物探偵? っていつもこんな仕事やってん? ……ラクそう」
「確かに」
ちょっと心理ゲームでもやればそれなりに依頼人も本来の目的忘れて満足して帰りそうな気はする。いやはや、ただ困惑するだけだろうか。今ダントツに後者である。
でもしかし、昔のことだって思い出してみれば、もしかすると忘れる前のきっかけぐらいは掴めても可笑しくないだろうし。
「いやーすまんすまん、いきなりその頃って言っても無理だな」
「決まってるわ! お前も思い出せないことでどうにかするなんての……」
「もうちょい最近の出来事で攻めようか」
「なんだ」
「朝ごはんは」
「昨日の残りのカレーで済ました」
ふっ、瞬殺だ。
「駄目だったら昨日の夕食について聞こうと思ってたがそれはずるいな」
「だろ?カレーは最強だ、最凶。」
そうだ、カレーは全料理の中の王である。何日置いたって温め直せば復活、ましてや熟成されて美味くなるまである。
作り過ぎても次の日の朝〜晩がカレーになるだけ、問題なし。
「じゃ、カレーの中身は?」
はいはいそこ聞いてくるよなー!! だが、問題なし。
「玉ねぎ人参じゃがいも、あと豚バラ、以上」
「ザ・普通〜〜聞くことなし〜〜へっへっへ」
「だって変なもの入れたらお前残すだろうが」
「変なものでもセンスがないんだよなセンス!!」
作りもしないでこいつめ……好き勝手言いおって。
綾まで調子に乗り始めた以上、もうつかこれほんとなにしてんの?
ーーちなみに久しぶりに帰った実家ではしばらくいることになり、夕飯は二人分俺が作るか、伯母さんのいる場合は任せてちょっと手伝うぐらい。
そういえば綾って一人の時は普通に料理作ってんのか知らんが、俺が来た時はまるで厨房に立つのを見たことがない。
まさかこいつ、カップ麺とかコンビニ弁当で済ましてるんじゃないだろうな……?
「こほんこほん」
すまねえタカ。
「では、今年の正月について聞こう」
「約半年前……記憶的にもザ・微妙……」
「ネタパクるな」
あの綾さん、横から肘鉄痛いです。
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失せ物、出ず。
そういえば、今年のおみくじには下段に小さくこう書いてあった。
じゃんけんにしろ班決めにしろ運試しなんてとことんついてないこの観月卓にとって、毎年正月に引くおみくじの結果なんてもう分かりきっていることだ。
もともとそんなものに期待したら何も進まない。だったら自分から進んでやればもっと早く、確実に済む。
そう、自分の道は自分しか辿ることはできないのだから、こんな紙切れに何でも頼るのは良くない。おみくじの結果だって結局は行動次第。
正月に家族と揃って神社へお参りに行く。
普通に当たり前のように聞こえるが、これは観月家では数少なかった毎年恒例の行事のひとつ。
それぐらいは覚えてる。
それより前のことも少しだけ。
中学に入ってすぐのことだったか。父の仕事の紹介として取材が訪れ、マスコミに取り上げられた後一段と忙しくなった。
家にいる暇もなく様々な場所から出張買取の予約が殺到したため日本各地をひとりで転々とするという多忙極まりない生活を父はしばらく送ることとなった。
それに気を使った母の咲桜里も、無理してほとんどひとりで家のことを切り盛りして支え続けていた。
今思えばこの時でこそまだ元気そうにしていたが、内面は疲れ果てていたのかもしれない。
家には当時母と妹、他に祖母が住んでいた。……しかし、その生活も長く続くことは無かったのだ。
しかして、更に前……タカに出会った頃の思い出なぞもう記憶にあるはずも無い。
ただ、何となく、幼稚園のそばの公園で遊んだことくらいか……そんなのは何となく覚えている。




