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山登る男

作者: 胞子法師

 男は求めていた。己の生き方の答えを。しかし,己の力で見つけることが出来る程,男は万能ではなかった。むしろ人並にできることの方が少ない。

 民衆に入れば争いが起き,草花を愛でれば枯れていった。(ことば)(うた)える程の教養も無ければ何かを許す心の余裕すらない。ただ,己に素直で有る自分に誇りを持っていた。それ(ゆえ)か。男は武術に長けており,それに気付いた男は武に通ずる者達に対して問いかけた。


何故武を修め磨くのか。


 抽象的な問いに、武人達は迷わず答えた。


神が我等を助けるならば,恩を返すのが道理だろう


 と。しかしその答えを理解できない男は,また問う。


神が何時我等を助けたというのだ。恩を返すなら何故武術を磨いているのか。


 武人達はそれぞれ答えた。そしてある武人の話の中に,男を動かす答えがあった。


 何時神に助けられているかなど,正しい答えがあるはずもないだろう。だが,あえて言うならば『今』だ。お主が私と出会ったことで何か変わるならば,それは神の導きかもしれない。もしそうならば,お主は(しるべ)を失って闇雲に彷徨っているのではないか。


 男は気付かず,顔をしかめた。


 そう険しい顔をするな。何も目に見えぬものだけではないだろう。我等が最も長く付き合うもの,服がそうであろう。


 男は己の顔が険しくなったことに,今度は気付いた。


 ここまで言っても分からぬとは。お主は余程の不器用なのだろう,過去の自分を見ているようだ。お主が着ているその布は,何故壊れていないか。考えたことはあるだろうか。それは己が大切にしているからだろう。しかし,それが全てではない。箱に入れれば虫に食われ,枝に掛かれば穴が空き,風に当たれば色は霞む。これは人の手ではどうしようもないことだ。だが,壊れるまでの時間には差がある。その違いは始めに言ったことだ。それなりに大切にしたものには,神がそれなりに不可能な領域から守ってくれる。故に,感謝の心を忘れずにものを大切にするのだろう。


 武の技術にも,人との差がある。己の欲だとしても,感謝を忘れるな。それ故か。と,男は言った。


 技術を磨きたいが故の者もいるが,私はそうではない。恩を返すとは言っても,本当に届いているのだろうか。私は直接神に問いたいと思ったのだ。しかし当然ながら,方法など知らぬ。思いつく道理も無ければ当てもない。(もっと)も,私自身が武術以外のことを人並に出来なかったことが最たる理由なのだが。しかし,諦めたくはなかった。そんな私は,ある時,神となった男の物語を耳にした。


 物語の男は数多(あまた)の山へ行き,神を封じた穢れを探した。ある山へ行ったときからその男の姿を見た者はいないという。男の姿が消えてから数日経つと,瘦せた土地には恵みがもたらされ,流行り病もすっかり消えた。人々はあの男が穢れを倒し,神を開放したのだと喜んだ。しかし,男が戻ってくることはなかった。人々はその男が神となったために姿を見せないのだと言った。恵みがもたらされた地域では,今もなお,返しきれぬ恩をかえすために,その武人を神として祀っているという。


 神となった男なら,山の頂に行けば会えると直感的に思ったのだ。しかし,どの山なのかは分からぬ。分かったところで,ただ登るだけで会えるならば噂になる。私は,武神に合うならば己は武人でなければならぬと思ったのだ。故に,今こうして武を磨いているのだ。


 男は,ただただ驚いていた。その姿を見た武人は


愚かだろう。


と自嘲した。男は首を振り否定した。そして


ありがとう。お陰で道が見えた。


と武人に言った。


 それから数日経つと,神となった男を追うように,男は山へと消えたという。

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