人生は電車、電車は棺桶
初投稿です
カタン、カタン。
しけたレール音で、貴方は自分が電車に乗っていることを思い出した。
座席から伝わる震動が貴方を無表情に揺する。しかし、等間隔なそれは揺りかごのようでもあった。
いつから電車に乗っていたのかは忘れてしまった。乗車した駅も下車すべき駅もわからない。
それにしてもこの電車は何処に向かっているのだろうか。
向かいの車窓を覗くと、目が痛くなるような暗い橙色を背景に電線が走っていた。黒い電線が、澱んだ夕焼け空に緩やかなカーブを引いていく。迫ってはたちまち遠ざかっていく電柱。
暫く眺めていたが、代わり映えしない風景に飽きた貴方は視線を車内に戻す。
案外、電車の内装は近代的だった。
決して新しくはない。かといってレトロと呼ばれる部類でもない。昭和後期生まれのどこにでもある標準的な内装だ。壁や天井に、結婚情報紙や法律事務所、競艇、需要があるのかも怪しい奇妙な広告が並ぶ。
銘菓の宣伝広告を読もうとしたが文字が小さすぎて読めなかった。
貴方は目が疲れて視線を手元に落とす。
萎えた手と腕が、膝上に乗っている。
枯れた手の甲は皮が張り付いて青黒い血管が浮かび、棒切れのような手首は容易く折れてしまいそうだ。長い年月を経てすっかり痩せこけてしまった両手。
貴方は老人だった。
いつの間にここまで老いてしまったのか。
貴方は気づかないうちに、人生の大半を消費していた。大したことも成し遂げることができず、皺の数だけが増えていた。
私の人生は何だったのだろうか。
そう尋ねようにも同世代の知人らは皆、既に鬼籍入りしている。
親族とは年末年始やお盆にすら顔を会わせないほどすっかり疎遠になってしまっている。
最後に人と話したのはいつだったか。思い出せないほど昔の出来事のように思われる。
貴方は孤独だ。
勿論、孤独を訴える相手はいない。
電車はやがて、駅に停車しする。
ぞろぞろと客が電車に乗り込んできた。
ジャージ姿の女子高校生だったり、内輪で盛り上がる三人組の大学生だったり、疲れた顔をしたサラリーマンだったり、赤ちゃんを抱えた主婦だったり。
彼らは、学校友人会社家族なり誰かと繋がっている。端的に形容して、社会的関係性を持っている。
一方、貴方には誰もいない。何もない。
貴方の名前を知っている人は、もはや誰もいない。
貴方は、冷たく暗い地表をたった一人でさ迷う人類最後の生き残りのようだ。気が狂いそうなほどの孤立感。死を目前に立ち竦むことしか出来ない。
貴方に出来ることは何もない。
貴方は電車の片隅で静かに息を止める。
そうしないと溜め息が漏れてしまいそうだったからだ。
溜め息を吐いたところで誰も気付きはしないだろうが。
カタン、カタン。
電車は揺れる。
カタン、カタン。
電車は揺れる。