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conflict



「ん・・・・・・?」


 日は既に沈み、子の刻を過ぎたころ、部屋の灯りは消え、複数人の寝息が響き渡っている。微かに聞こえる足音は見回り兵の者だろう。漆黒の中、身近に人の気配を感じた。

 政実も多少は睡っていたものの、敗戦の責か、浅い眠りを繰り返していた。そんな時に襖を開け、部屋を出て行く物音を耳にした。上体だけを動かし、入り口の方へと目を移す。

 政実は体を起こすとそっと部屋を出て、先ほどの「影」が進んだ方と同じ方向へと歩き出す。行く場所の見当はなんとなくついていた。


 庭に出る。そこには予想通り、1人佇んで夜空を見上げているその姿があった。


「愛季」


 その名を政実が呼ぶと、驚いたように振り返った。


「政実様、起こしてしまいましたか?」

「いや、寝られなくてな・・・・・・」


 そう言い、芝生に腰を下ろして夜空を見上げる。愛季もそれに倣って腰を下ろした。今日は満月でとても美しい。


「月が、綺麗ですね・・・」


愛季が満月を見上げて呟く。


「そうだな」


普段は滑らかに回る口も、このようなときには回らない。


「なあ愛季」

「何です?」

「・・・・・・お前、俺の下に来たことを後悔したことはあるか?」

「えっ?・・・・・・」


 思わず言葉を詰まらせた愛季の方を政実は見つめた。


「いや、ちょっと気になっただけだ。この度の戦は多くを失った。あまりにも多くを失いすぎて、些か己を見失ってたようだ。気にするな」

「・・・・・・誰に何を吹き込まれたのかは知りませんが、そのようなあなた様はあなた様らしくありませんは。私が愛したあなた様はいつも自信たっぷりで、強く、慈悲の心を持っていた。私は、安東があなた様のものになったことは喜ばしいことだと思います。飢え死ぬものはいなくなり、生活は楽になった。あなた様はあなた様らしく生きる。それだけで皆はあなた様に付いていきますは。それとも、信じられませんか?」


 それを聞いた政実はため息をこぼす。


「・・・・・・己の小ささを見せつけられるな・・・・・・俺は強い。心のどこかで慢心していたようだ」

「あなた様は強い。それは紛れもない事実ですは。ただ、最近は些か焦っておられた。あなた様はいつも生き急いでおられる。いつか、私は置いていかれるのではと不安ですは・・・・・・」

「そうか。生き急ぐ。そうかも知れないな。時間は有限だ。知っているからこそ、焦っておる」


 政実が再び考え込む。最初その様子を見つめていた愛季だったが、やがて視線を夜空に浮かぶ月のほうへと移した。


「・・・・・・あなた様がいくら先に行っても、あなた様の隣に追いつけなくても、私はあなた様を追い続けますは」


考え込んでいて、下に向けていた視線を愛季に映す。


「・・・・・・」


「私は、あなた様の隣に立っていたい。いつもそう願っているのですよ」


愛季は月から政実に視線を戻し微笑む。


「俺はお前ほど素直じゃない。言いたいことを素直に言葉に出すのは憚れる身分になってしまった。だが、ここにいるのは俺とお前だけだ・・・」


「・・・・・・」


愛季は政実の手をそっと握った。


「今から言う言葉は南部家当主、九戸政実の言葉ではなく、1個人の九戸政実としての言葉だ。」


「・・・・・・」


愛季は静かに政実の次の言葉を待つ。


「お前を、妻にすることが出来て良かった・・・・・・月よりも、お前の方が何倍も綺麗だ」



※※※※※







 愛季は政実を見つめて微笑む。つられるように政実も笑顔を見せ、次いであくびがこぼれる。


「長話して悪かった。そろそろ眠くなってきただろうし、睡るべきだな。明日も忙しいのだろ?」

「はい。・・・・・・あなた様はお眠りになられないのですか?」

「もう少しここにいる。今日は月が綺麗だし、明日はゆっくり起きても問題ないからな」

「そうですか・・・・・・では、おやすみなさい」

「ああ。おやすみ」


 その背中を見送り、屋敷の中に入ったところまで見届けると政実は夜空を見上げた。


「・・・・・・人に想われるとは、なんともこそばゆいものだな」


 政実は自嘲的に小さく笑った。幾度となく考えたことがある。自分の本性を、自分の秘密を、最愛の者にまで隠している己の浅はかさ。変わろうとして変われた部分はある。だが大元は変われそうにない。結局こうやって自分のことに対してはどこか後ろ向きに、出来ることだけを現実的に考える自分の性格は変わりそうにない。自分は強い?尊敬されるべき人?そんなことはない。先人が切り開いたものを先人よりも早く使っているだけ、確立された成功をあたかも自分で導き出したかのように演じて教える。それだけで皆は俺を尊敬する。そんな尊敬の眼差しを受ければ受けるほど、自分が嫌いに、惨めになってくる。他人の功績を奪う。そんなものが棟梁となって国を率いている。それがあたかも当然であるかのように、だがそれはそれでいいか、と政実は割り切っている部分もあった。民を救うため、救える方法を知っていながら見捨てることは政実には出来なかった。

 らしくなくまた物思いに耽ってしまった、と政実はため息をこぼす。そして立ち上がり、己も屋敷へと戻る。


しばしばの間、戦は止め、荒れた領地を復興させるため、そのために、己1人の《葛藤》などは犠牲にする決意を抱いて・・・・・・


明日、7月24日に九戸政実の乱をテーマにした短編を出すつもりです。是非読んでください!

なお、主人公はこの小説の者とは違います。

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