wilderness
1566年
最上義光との対伊達、南上最同盟が裏切られた。
背後から迫り来る最上軍。前方からは伊達軍。
逃げ場はなく、対戦しなければならない。
「くそっ。最上め」
悪態を付きながらも、打開策を探る。
「今動かせる部隊はどこだ!」
「はっ。毛馬内、泉山、石亀は動かせます。北 愛一、東 政勝もあとすこしで動かせます」
「毛馬内、北、東を殿にし、伊達と戦わせる。
泉山と石亀は俺に着いてこい。義光と一槍合わせる」
軍を反転、突撃する。
背後に抜けられて毛馬内たちが討たれないように陣営を組み直し、中央に主力を集める。
背水の陣のため、ここで負ければ死ぬと理解している兵たちは決死の覚悟で攻め進める。
士気の違いもあってか、傷を負いながらもなお行軍する様は鬼のようだった。
「殿、中央が押し返されています」
義光の直臣たちが出てきて、中央が拮抗してしまった。
「俺が出る。軍の指揮は任せた」
直属の部隊を率いて、前線まで駆け抜ける。
「我は南部総大将、九戸政実。ここが戦の要だ。行くぞ!」
俺が率いる騎馬隊は縦横無尽に走り、敵の陣営を崩していく。
その武勇に後押しされ、怯み始めていた兵士たちに火が灯る。
「総大将がこんなにやっているんだ!俺たちも行くぞ」
「殿の御前。ここで手柄を上げれば目に留まるぞ」
士気が爆発的に上がり、一気に押し返す。
すると、相手も義光があらわれ
「敵将の首を取った者は直臣に引き上げる」
兵の士気を上げ、競い合わせる。
「義光、覚悟!」
馬で兵の頭上を飛び越え、槍で穿つ。
義光は手に持っていた刀でなんとか逸らすが、体勢を崩す。
義光が体勢を直す前に、何度となく突くが、全て逸らされてしまう。
そうしている間に、周りにいた義光の部下に攻撃され、撤退せざる負えなくなる。
前方にいる敵兵と戦っている兵を後ろから振り払いながら、自軍へと戻っていく。
「殿。危険すぎます。殿の身に何かがあってからでは遅いのですよ」
そう小言を言われるが、聞き流して
「俺に着いてこれる者は着いてこい!敵将、義光の首を取りに行く!」
「殿!?」
何人かの傍仕えが止めるが聞く耳を持たず
「全軍、もうひと押しだ!」
およそ50の騎馬兵を率いて、再び中央を突破する。
「囲め!囲め!敵将自らやって来たぞ!」
目もくれずに進みゆく。露払いは他がやってくれる。
刹那、槍と刀が交わう。
義光も前方から馬を走らせ来のだ。
「なぜだ、なぜ裏切った義光」
伊達の勢力は弱まり、後少しで最上の東は制圧出来そうだったのだ。
「なぜ、か。わかっているのであろう。世は戦国。出る杭は打たれる。ただそれだけだ」
「それでは、それでは一生平和が来ないではないか。誰かが全てを治めなければ争いは絶えぬ」
互いに弾き返し、打ち合う。
隙を創り、誘い込ませカウンターを決める。
それでも、押しきれず、1度離れる。
「それは、それはお前でなくても良いではないか」
「そうだとしても、俺は振るう。誰かがやらなくてはならないから」
「俺だって、俺だって」
また、槍と刀が交わり合う。力が拮抗して、まるで止まったかのように
「お前は伊達しか見ていない。世界は、もっと広いんだ!」
力で勝り、押し切る。
そして義光の刀を弾き飛ばす。
「お前の目には伊達しか見えていない。どうやって伊達の上に立つか。それだけだ。それはあまりに脆すぎる」
槍を前に突き出し
「お前の負けだ。義光」
馬を駆けさせる。
すると、横槍が入り
槍を素早く寄せ、弾く。
「義光様、お逃げください。ここはまだ、あなたの死に場所ではありません。疾く」
氏家守棟
最上の重臣で、義光からの信頼も厚い。
守棟と打ち合っている間に、最上は西へと撤退していく。
※※※※※
最上の撤退が完了したため、こちらも撤退を始める。
制圧した伊達領だが、今回の戦で荒れてしまい、立ち行かなくなってしまった。
女子供は戦の被害がないようにあらかじめ北に逃がしてあったため村々を焼き払い、焦土戦を行うことにした。
どうせ残しておいても相手に使われるのだし、まだ北には空いている場所が残っている。
現地で収集した兵に家財を持たせ、焼き払っていく。
※※※※※
振り返れば、《荒野》が広がっていた。
敵に採取されないためにも焼き払った村々には未だ残り火が灯っていた。
煙は至る所で立ち上り、敗戦の色を濃く表していた。
「これが、戦」
※※※※※
村の出口に、1人の武士がいた。
「そこのお前、何やつか」
「名は捨てた。好きに呼べ。あんたの配下に加えて欲しい。九戸、政実!」
彼の姿は凄く歪だった。
敗残兵のように汚れているのに、何一つ傷付いていない。
戦の汚れ方ではなく、まるで子供が山の中を遊び回った後のような
「ナナシ」
ぼそっとつぶやく。
「えっ?」
「ナナシと名乗れ」
彼はとても驚いた顔をした。
「それじゃあ」
「ああ。加えてやる。着いてこい」
周囲の家来が慌てだす。
「危険です。どこの馬の骨かも分からないような奴など」
「良い。あれは良い目をしている。前を見る目だ。それだけで信頼に足りる」
その一言で皆は黙った。
※※※※※
久しぶりに帰郷した。
そんな俺をお袋は、村の皆は温かく迎えてくれた。
温かく、優しい村人ばかりだった。
だからだろう。
ある日突然よそ者が現れた。
傷付いていたのもあって、村人は温かく迎え、休ませた。
それから間もなく、盗賊か山賊。賊の一味に襲われ、村は壊滅。女は犯され、男子供は遊ばれて命を落とした。
村で戦えるのは俺1人だった。
しかし、人質を取られ、抵抗すら出来ずに捕まった。
数日が経って、村は静かになった。
俺は生かされた。否、このままでは俺も飢え死にするだろう。だから手を加えなかったのか。
縛っていた縄は牢屋の窓から滴る露に当て続けたため、緩み、何とか抜け出せた。
村々は焼け落ちていた。
まだ残り火があり、賊が去ってからさほど経っていないことが分かる。
ふと、道脇に目をやると幼馴染みの死体が転がっていた。
「そん、な……」
言葉が出なかった。
俺とて武士だ。戦をして、負けた国の村人がどんな扱いをされてるのかは知っていた。
でも、実際に見るのは初めてだった。
お上に気に入られ、傍付きだったから。
常に護衛として、中央にいたから。
こんな光景は知識としてしか知らなかった。
時が経ち、状況を把握してくると、憤怒で狂いそうになる。
憎しみもある。
しかし、
それ以上に自分自身に怒れる。
「俺が、弱かったから……」
膝から崩れ落ちる。
そっと、幼馴染みの手を握り
「俺が弱かったから、皆を守れなかったんだ。俺が、俺がもっと強かったら……」
額まで持ち上げ、
涙が止めどなく溢れてしまう。
初恋の相手に