Indecision is often worse than wrong action.
九戸 政実が生まれてから15年の月日が流れた。
それまでにさまざまな改革を行ってきたが、そのほとんどが父の命によって闇に隠されてきた。
彼があまりにも幼く、ひ弱だったがために。
しかし、父は死に、彼は強くなっていた。
後は、己の強さを証明するのみ。
声を荒げ、声高々に言う。
「九戸政実、ここにあり」
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九戸政実は兵を率いて、西の安東へと向かっていた。
九戸勢5千に対し、安東の可能稼働兵数は1万を裕に超える。しかし、今回は動かして精々6千と少しだろう。小競り合いを重ねてきたため、今回も同じように考えているに違いない。戦は損害ばかり出すため多く動かすことは損害を広げることにつながる。
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九戸軍による侵略は苛烈を極め烈火の如く快進撃を続ける。周辺の氏族、豪族はたちまち降伏し、安東の予想よりはるかに早く安東本領に侵略しそうになっている。
九戸軍は花輪、比内、安代の氏族、豪族を蹴散らして、安東領を目の前に休憩をとっている。
各砦に補充人員をいれるためだ。
この補充人員は九戸家の者ではなく、比較的友好な者たちに連れてきてもらっている。
補充を終えて、大館を目指し進軍する。大館の手前に狭路の峠がある。おそらくここが大きな戦場になるだろう。
騎馬を使わない山岳戦で、最も重要なのは相手より高い場所どりをすることだ。
別働隊を動かして、上に弓兵を配備させておく。
そろそろ峠も中ほどに差し掛かる。二千ずつ、四千が二手に別れ待ち伏せていると既に手の者から報告をうけている。
待ち伏せを予想して弓や投石用に盾をもたせている。
一応は対策しているが、どこまで被害を減らせるか。
上りが終わるかというときに挟撃を受けた。
行軍の陰で峠を目立たないように偽装させ五百程の部隊を四方から回り込ませている。そして、敵の追撃部隊を囲む、敵も理解しただろう、上を取られたことを。
「退路があるぞ!」
どうやら完全に囲みきれず、後ろから逃げられてしまう。
「追いすぎるな!部隊を整える」
逃げ切れない兵を倒しながら、囲みを縮め、一度集合させる。
「部隊を整え、再び追うぞ」
峠を越え、砦前の平野にて陣を構える。
相手も落ち着いたのか、陣を組み直していた。
山岳戦では騎馬を使えなかったが、九戸家の最強の兵は騎馬だ。武田程ではないとは言え、九戸家とて人馬一体。呼吸の合わさった矢の陣は突破力に優れ、陣を崩すのに最適だ。
数も質もこちらの方が上。
戦いは瞬くままに優勢になっていった。
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浅利則頼
隣国、南部までその名を轟かす名将。
安東家の対南部における切り札の1人だ。
若きながらも数々の武功を上げている。
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「殿!西が劣勢でございます。バラバラだった軍が再び1つにまとまっているかと」
「どういうことだ。こちらの策は成功している。何故今になって」
「それが、遠目ではありますが、敵将則頼めが現れたかと」
その報告に陣内に残っていた足軽が狼狽える。
名将則頼の噂は南部全土、九戸領にも届いている。
かの者は1人で戦場を変えられるほどの天才だ。
「報告します。田中侍大将の部隊と敵将則頼が交戦。部隊の被害は軽傷ですが、田中侍大将は撤退しているようです」
「そんな!田中殿が!」「殿!どういたしますか」
指揮官の武士まで狼狽えている。
「静まれ皆の衆。こちらは3千あちらは1千。数の利はこちらにあり。囲いて、物量で押し潰すのみ。我らは誰だ?勇敢なる九戸の武士ぞよ。決戦は近いぞ!」
「おお~。おでたちは九戸の武士。おでたちには政実様がついておられる!何も怖くねえ。行くぞ!」
「「おお~」」
それからは迅速だった。
田中侍大将と本陣で挟み、輪を小さくして、潰していく。
規律ある攻撃で、誰かが飛び出ることがないように進む。
完全に囲む前にいくばかか逃げられたが、致し方ない。
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抵抗が強くなり、前に進めなくなった。
すると、
「九戸当主、お相手!」
人混みから一騎跳んできた。浅利則頼だ。
右手で握っていた槍で振り払う。
1つひとつの攻撃を余裕を持って捌いていく。
馬上であるため、上下に揺れる。
円を描きながら、対応しているため味方が援護出来ない。
それでも包囲を縮めてくる。
しかし、こちらは周囲一体が味方。味方に当たらないように注意を払えば攻めきれない。
「浅利則頼!私と一騎打ちをしろ。このままでは勝てても被害が出すぎる」
槍先を交えながら言葉を交わす。
「承ろう。しかし、こちらの条件を飲んで貰う」
「問題ない。していかに」
1度馬の距離を離し、落ち着く。
「先ずは周囲からの妨害なにしていただこう」
「ああ。当然だ」
「次にこの戦いに敗れたのなら軍を引け。命まで取らぬ。約束せよ」
「良いだろう。こちらも命は取らぬ。しかし、お主が敗れたら大人しく捕虜になれ、自害は許さぬ。他の兵もそうだ。今回の大戦が終わるまでは脱走を含め反逆をするな、させるな。」
「承知。我、安東の将、浅利則頼。九戸当主、お相手を!」
槍を高々と上げ、名乗りを上げる
「九戸当主、九戸政実。推して参る」
馬を進め、槍を交える。
交える矛は一瞬。互いに流して横を通り抜ける。
反転、馬を震わせ、勢いを付けて突く。
則頼は顔を左右に僅かに動かすだけで避ける。
馬上は酷く不安定。しかしながら、しっかりと見極めて、最小限の動作で避ける。
再び矛を交え、力比べ。
こちらが有利。
両者、槍を弾き、離れる。
「梅吉!黒馬を連れてこい!」
俺は怒鳴る。
「いかがなさったのか?」
則頼は矛先を下に下げた。しかし、その目は緊張を緩めていない。
「貴様、その馬、本来の馬でないな」
則頼はさも当然かのように頷いた。
「貴殿の軍にも良い武将がいますね」
どうやら、田中将軍が馬を伐ったようだな。
「当然よ。梅吉!ここまで連れてこい」
「良い、馬ですね。うらやましく思いますよ」
「ふん。くれてやる」
俺はさも悪役のように笑う。
「いただけませんよ。敵からなど」
俺は耐えきれず笑いをこぼす。
「なら、味方になるか?」
俺はついに大声を上げて笑う。
「《決断しないことは、ときとして間違った行動よりたちが悪い。》
受け取れ、安東の名将浅利則頼。これは武を争う一騎討ち。今のお前など数槍で討てるわ。それはお前も実感しているだろ。馬が違い過ぎる。この勝負に正当性を持たせるため。勝ってから、馬のせいにされても面倒だ」
則頼も笑う。
「お人好しが。確かに、受け取りました。負けても返しませんよ」
「当然。既に与えたのだ」
梅吉が馬を則頼に渡す。
刹那
槍と槍のぶつかり合う音に、風圧に世界が揺らいだ。
そこからは、周りから見ている者で目で追える者はいなかった。
一槍、一槍が重く、そして速い。
どちらもが人外。
至る所に英雄がいるこの時代だと言っても、こんな光景はそうそう見ることが出来ない。
互いに命を賭けた死闘。
口では何と言おうと、互いに互いの命まで考えられる、思考できるほどの余裕は疾うに無くなった。
どちらが勝ってもおかしくはなかった。
しかし、天は政実に微笑んだ。
則頼は馬から落馬し、首元に槍を突きつけられる。
「俺の、勝ちだ」
歓声が湧いた。
周囲の表情は2極化した。
喜ぶ九戸勢、悔しそうに顔を顰める安東勢。
国の英雄が負けたのだ。勝負はついた。
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伝令が慌てて入ってきた。
「貴様!今は軍議中の最中であろう!」
家老の1人がそう怒鳴りつけるが、伝令は下を向いたまま
「失礼承知の上仕りました!最速で伝えなければならないことが!」
矢継ぎ早に
「南部家当主について南下中の七戸家より、南部家当主の裏切りの報告です!南下後、一度開戦をし、打撃を与えた後に引き返しています。既に背後に立たれ、安東と南部家に挟まれています」
軍議に出ている者たちの顔が驚愕に包まれている。
「もうか。思ったより早いな」
俺はそう呟く。
安東との戦いの一時です。
《》内の文が副題の和訳です。