約束と嘘
あら、部活忙しいのね。明日は部活で学校に行く、と言う葉月をチラッと見て母親は言った。金曜日の食卓。明日は授業のない土曜日だ。葉月は卓上の醤油に手を伸ばす素振りで母親から目を逸らす。部活があるというのは嘘だった。田渕先輩に誘われて、渋谷までプラネタリウムを観に行くことになっていた。でも、そうと知れば母親は、きっと葉月が外出できなくなるもっともらしい理由を見つけ出すだろう。もしくは、直接的に。
『男の子とのお付き合いは、まだ早いんじゃないかしら』
保健委員会の連絡網を取り次ぎながらあからさまに眉をしかめた母親の顔を思い出して、葉月は固く目を閉じる。ペアで委員を務める岡田大樹は、翌日、葉月と顔を合わせると同情するように笑った。
『お前んとこ、厳しいのな』
保健委員会の連絡網だって言ってんのに、全然信じてくんなくて、参ったよ。はづ、お前、ケータイないの?
『ごめんね』
小さく手を合わせながら、葉月は顔が赤らむのを感じた。わたしなんかとの関係を疑われて、岡田大樹はきっと不愉快なのに違いない。そう思うと居ても立ってもいられないような気分で、消えてしまいたくさえなるのだった。
高校生の大半がごく当たり前に持っている携帯電話を、葉月は持っていない。本当は、買ってもらえるはずだったのだ。高校の入学祝に。なにが欲しい?と聞かれて、『携帯電話っ』と即答した葉月に、母親はにっこりと頷いたはずだった。
『葉月ちゃんも、もう高校生だものね』
と。 けれど。
あれこれとパンフレットを見比べ、散々迷ったあげくやっと選んだ携帯電話は、葉月の手元に届くことはなかった。
『やっばり、まだ葉月ちゃんには早いわ』
大型ショッピングセンターの1階にある携帯ショップで、待ち望んだ携帯電話を手にしかけた葉月に、母親の待ったがかかった。
『何処の誰と話しているかも分からないもの』
凍りつく葉月の手から端末を取り上げ店員に渡すと、母親は葉月を促した。
『行きましょう』
『えっ……』
絶句する葉月を残し、すたすたと立ち去る母親の背中。ことあるごとに繰り返される母親の気紛れにはもう慣れていたけれど、このときばかりは葉月も酷く落胆したのだった。
『電話ならお家にあるじゃない』
ショッピングセンターからの帰り道、おどおどと抗議する葉月に、母親はこともなげに言った。結局のところ葉月の手にした入学祝は、英和と和英の辞書のセットだった。葉月ちゃん、英語が好きなんだもの。折角なら葉月ちゃんのためになるものを贈りたいわ。意気消沈した葉月とはうらはらに、母親はその贈り物がたいそう気に入ったようすだった。
『約束したのに……』
約束を守れない子はキライよ。門限を1分でも過ぎたら家に入れてくれなかった母親の口癖は、どこに行ったのだろう。商店街に並ぶ色とりどりの看板がぼんやりと滲んだ。
嘘と隠し事も、大キライだったはずだな。部活も良いけど、お勉強は大丈夫なの?と諭す母親に頷いて見せながら、葉月は胸の中で呟いた。




