訣別
いつものように図書室に行くと、扉に一番近い席に菫が座っていた。瞬間的にはっとしたものの、そのまま通りすぎようとした葉月の前に、菫は割り入る。
『ちょっと、来てくんない?』
有無を言わさぬ強さで言うと、葉月の袖をつかむ。そのまま引きずるように連れていかれたのは、校庭の隅にある体育倉庫の裏だった。2人の姿に気付くと、倉庫の壁に凭れかかっていた麻里絵がぶらりと近づいてくる。
『久し振り』
麻里絵は葉月を間にして、菫の反対側に立った。葉月を見据え、腕組みをする。
『聞こえない?久し振りって言ってるんだけど』
『聞こえてるよ』
『聞こえてるんだ。聞こえててシカトしたってこと?』
『別にそういうつもりじゃ……』
『じゃあ、どういうつもりよ?』
麻里絵の顔は、葉月が連れてこられたときからずっと強張ったままだ。ごめん、と葉月は小さく呟く。
『なにそれ。悪いと思ってんの?』
『麻里絵っ』
苛立って声を高くした麻里絵に、菫が目配せする。サッカー部のユニフォームを纏った生徒がボールを追って駆け抜けた。
『だいたいさぁ、あんた、なんでハブになったか分かってんの?』
抑えた声で聞きながら、麻里絵は葉月を睨み付けた。
『……分からない』
どうせたいした理由なんかないくせにと思いながら、葉月は答える。わたしが、綾瀬くんと親しく話せるから?それなら、リカちゃんのことも呼び出して、ズタズタに罵れば良い。
『なんかさぁ、ムカつくんだよね。あんたのそういう顔』
憎々しげに言い捨てて、麻里絵は菫を目で促す。葉月を呼び寄せたきり、黙って成り行きを見守っていた菫が、だるそうに口を開く。
『うちらさ、葉月がかわいそうだから一緒にいてあげたんだよねぇ。けど、わかった。あんたに友だちいないわけが』
『なんの面白味もないくせに、調子こいて。まじでウザいんだわ』
『悪いけど、うちら、あんたと仲直りする気ないから』
麻里絵と菫の口は、たががはずれたように葉月を嘲る。唖然として、葉月は2人を見守った。結局のところ、2人は葉月を一段下に見ていたということなのだろう。仲間外れにされた葉月は許しを乞わなければならなかったのだ。もう一度、仲良くしてくださいと。あほくさい。校庭の砂利を、葉月は爪先で転がす。ジョリッと音を立て転がる小石の間で、タバコの吸い殻が砕ける。校舎から目の届きにくいこの辺りには、しばしば、授業を抜け出した生徒がたむろして、タバコやシンナーを吸っている。ときには恐喝やリンチの現場となることもあって、関わり合いたくない生徒は、あえて体育倉庫を避けて通った。麻里絵も菫も、普段ならここには近寄らないはずで、葉月を吊し上げるという高揚感がその感覚を麻痺させたのに違いない。2人の中にあるのは憎しみや怒りではなく、獲物を執拗にいたぶることで得る、歪みきった充足だった。なんだ、そうだったのか。葉月は、急速に馬鹿馬鹿しい思いに囚われた。
『……放っておいてくれたら、良いのに』
なんとか言ったら?と顎を上げた麻里絵は、葉月の言葉に目を見開いた。
『なに言ってんの?』
その、麻里絵の目をまっすぐに見て、今度ははっきりと言う。
『放っておいてくれて、構わないって言ったの』
『はぁ?』
『ウザいんでしょ?』
恩着せがましく友だち面をされるくらいなら、友だちなんていなくても構わない。妙に清々しい気分になって、葉月は麻里絵に笑いかけた。
『気を遣ってもらって、ありがとね』
でも、大丈夫だから。そう言って踵を返した葉月の背中を、麻里絵の声が追う。
『調子こいてんじゃねえよ、死ね、ブス』
『麻里絵、声』
たしなめる菫の声に、綾瀬くんの声が重なる。
『なんだ、はづきちじゃん』
体育倉庫の角を曲がった先で、綾瀬くんがにやっと笑った。吸いかけのタバコをぽいっと地面に落とす。彼は、慣れた仕種でタバコの火を爪先で踏みにじった。
『はづきち、死ぬなよなぁ』
弾みをつけて立ち上がりながら、綾瀬くんは、体育倉庫の裏に呼びかける。葉月は、少しだけ麻里絵をかわいそうに思った。綾瀬くんはそのまま、葉月の肩に腕を回す。
『おまえ、呼び出しとかくらってんのかよ。だっせぇの』
くくっと笑う息が、タバコ臭い。
『なに?喧嘩?』
『ううん』
ちらっと倉庫を振り返って、葉月はかぶりを振る。もう、喧嘩する価値すらないや。
『ばい、ばい』
小さく呟くと、葉月は綾瀬くんと並んで歩き出した。




