図書室
植村さん、と声をかけられて顔を上げると、同じクラスの白間さんの笑顔に迎えられた。
『ここ、良い?』
葉月の隣を指し、返事を待たずに椅子をひく。葉月は頷いて、白間さんのために少しだけ椅子を横にずらす。放課後の図書室を利用する生徒は少なくて、葉月と白間さんを除いては、貸出カウンターの中に退屈そうに図書カードを整理している図書委員の姿があるだけだった。
菫と麻里絵から拒否されて以来、葉月は図書室で放課後のひとときを過ごすようになった。母親にはまだ、茶華道部に所属していることにしていたから、早い時間に帰宅する訳にはいかなかった。それに、図書室には読みきれない程の蔵書があって、そのひとつひとつが、葉月を虜にした。
なに読んでるの?白間さんが葉月の手元を覗く。フランソワーズ・サガンの小説を閉じて、葉月は答える。
『悲しみよこんにちは』
名作とうたわれているその小説に、葉月はまるで感情を移入できなかった。
『面白い?』
『わかんない』
『なにそれ。読んでたんでしょ?』
『そのうち面白くなるかなぁ、って』
『ああ、なるほどね』
白間さんは笑う。どうしたんだろう、急に。葉月が目で問うと、白間さんは思い出したように真顔に戻った。
『植村さん、英語どうだった?』
『98点』
『あ~、負けた。あたし96だったから、今回はいけるかと思ったのに』
週末にあった中間試験の答案に点数がはいり、ぼちぼち手元に戻ってきている。葉月の学校では、試験のたびに上位10名が発表されることになっていて、白間さんと葉月は毎回3位から6位辺りをうろうろしていた。
『でも、まだ数学が返ってきてないから』
『う~ん。でも、国語では絶対に勝てないしなぁ』
読書量がさいわいしてか、葉月は国語の試験で点を落とすことがなかった。けれど、数学と理科の成績は学年が進むごとに低迷し、ときには上位10名から外れることもあった。
『やっぱりさ、国文とか、そっち進むの?』
『……どうだろう』
『間違いなく理系ではないもんね』
『うん』
頷きはしたものの、葉月はまるでぴんとこなかった。そろそろ周りが口にしだす行きたい高校のことも、葉月にはまだ想像すらできないのだ。
『白間さんは、どこの高校、受けるの?』
『あたしは、西葛かな』
白間さんが口にしたのは、地域でもトップレベルの進学校だった。
『英文に行きたいんだよね』
『ふうん』
英語を本格的に学んで、通訳になりたいのだという。
『だから、英語では誰にも負けたくないんだよ』
あ~、悔しい。半分冗談で、でも瞳の奥に強い意思を見え隠れさせながら、白間さんは葉月の腕をつついた。
『植村さんは?何になりたいの?作家?』
『……看護師』
『……うそ』
全然、方向性違うじゃん。もったいない。白間さんは目を丸くする。
『なりたいんだったら、良いと思うけどさ……』
『……うん』
『もっと、向いてる仕事ってあると思うよ』
向いてる仕事。でも、お母さんは向いてると言った。それに、わたしは……。
『わたしね、誰かの役に立つ仕事がしたいの』
葉月の言葉は、半ば自分に言い聞かせるようでもあった。




