夏休み
母親と祖母の確執がなにか関係しているのか、葉月は父方のほとんどの親戚と会ったことがない。唯一知っている叔母は、葉月がまだ幼稚園に通っていた頃にはよく遊びにきていたが、母親と祖母との関係が冷えるにつれ、葉月の家には寄り付かなくなった。早くに亡くなった祖父の顔は、仏壇に飾られた写真で見知っていたが、彼が眠る墓に手を合わせたのは90歳まで生きた祖母を埋葬したときが初めてだった。
親戚との交流がないぶん、葉月が貰えるお年玉はクラスのみんながいうよりもはるかに少なかったし、夏休みが来るたびにクラスメートが口を揃えて『田舎でお墓参り』というのが不思議で仕方なかった。お墓なんかに、何をしに行くんだろう。葉月は近所の墓地を思い浮かべては首を傾げた。そもそも、どこの家にもその家の墓があるということすら、葉月は知らずにいた。
お墓参りに行かない代わりに、葉月の家ではお盆休みの海水浴が恒例の行事となっていた。知人の親戚が営む民宿に2泊し、朝早くから日が傾くまで砂浜で過ごす。このときばかりは掃除からも洗濯からも開放され、凌も日菜も両親に任せ、葉月は何時間でも波と戯れていられた。父親も母親も上機嫌で、家では許されない夜更かしも、着色料のたんまり入った炭酸飲料も、この旅行の間だけは大目に見て貰えるのだった。
風呂上がりにアイスキャンディを舐めながら、大きな打ち上げ花火を見上げる。そこに祖母の姿はなかった。赤く火照った身体を冷たいシーツに転がしながら、『帰りたくないな』と葉月は思っていた。みんなが不機嫌なあの家にも、なにかと気苦労の絶えないいつもの生活にも、戻りたくなかった。
母親も、祖母の待つ家に帰るのは気が重かったのだろう。3日目の昼が過ぎて帰り支度を始める頃から少しずつ言葉数が減り、父親の運転する車が住み慣れた町を走り出すと深々とため息をついた。母親の態度に比例するように、父親もむっつりと押し黙り、車内には凌と日菜の立てる寝息ばかりが往き来した。
♪帰ろうか ~、もう帰ろうよぉ~茜色に染まる道を~
吹き荒ぶ風のなかを、四角い声が奏でる。胸のポケットから取り出した携帯電話をかざして、『かみさんからだ』と、釣りびとが照れる。曖昧に笑って、葉月は彼から視線を遠ざけた。
テレビのコマーシャルで使われているその曲を、葉月は1度だけフルコーラスで聞いたことがあった。手をつなぐ帰り道。待っているのは、世界にひとつしかない、暖かい我が家。コンサート会場の片隅で葉月の脳裏に浮かんだのは、葉月の知らない家族の姿だった。
『帰りたいところなんて……』
夕暮れに消えかけた水平線に目を凝らして、葉月はポツリと呟いた。




