第百五十話 「上海上陸」
東アジア湾岸航路。
《KOBE-SHANGHAI EXPRESS》。
巨大旅客船は、
黒い海を進んでいた。
そして。
夜明け前。
レンはデッキで、
初めてそれを見た。
《上海自由経済湾岸区》
巨大だった。
神戸より。
長崎より。
遥かに巨大。
空を埋める高層群。
ネオン広告層。
無数の物流ドローン。
長江沿岸へ広がる、
東アジア最大級の市場都市。
「……でか」
《EYES》が静かに表示。
《上海自由経済湾岸区》
東アジア感情市場中枢都市
⸻
推定人口:
「4800万人」
「都市の規模じゃねぇ……」
コメント欄爆発。
《上海編きた》
《デカすぎ》
《未来都市》
だが。
近づくにつれて、
異常が見え始める。
停止した広告塔。
煙。
一部停電区域。
そして。
異様な数の警備ドローン。
ハヤトが低く言う。
「……悪化してるな」
その時。
《EYES》が警告表示。
《高濃度感情汚染確認》
⸻
Emotion Crash多発区域:
「複数」
港湾接岸。
ゴォォォ……
巨大係留アーム展開。
だが。
神戸や長崎と空気が違う。
港全体が、
妙に静かだった。
警備兵。
避難民。
封鎖区画。
完全に非常事態都市。
レンが呟く。
「……怖ぇ」
その時。
船内大型モニターが一瞬ノイズ化した。
ザザッ――
《EYES》が即警告。
《外部視線感知》
そして。
港湾倉庫屋上。
一人の女が立っていた。
黒コート。
短い黒髪。
義眼。
細い煙草。
上海ネオンを背負っている。
その女は。
真っ直ぐレンたちを見ていた。
《EYES》が静かに解析。
《人物確認》
謝 雨玲
⸻
通称:
「雨狐」
⸻
上海地下ネットランナー
レンが小さく呟く。
「……あれが」
その時。
雨玲が通信を飛ばしてきた。
『九条ハヤト』
低い女の声。
『遅い』
ハヤトが少し笑う。
「歓迎が雑だな」
『上海が終わりかけてる』
『急げ』
その瞬間。
遠くの都市区画から、
爆発音が響いた。
ドォン――!!
黒煙。
暴走群集。
警報。
上海のネオンが、
不気味に点滅している。
そして。
雨玲は最後に静かに言った。
『あと』
『AI連れて歩くなら気を付けろ』
空気が止まる。
レンが顔を上げる。
『今の上海じゃ』
『AIは“狩られる側”だ』
通信切断。
上海の風が吹く。
ネオン。
煙。
崩壊しかけた巨大都市。
2092年。
クルーたちはついに。
東アジア最大の“静かな地獄”へ、
足を踏み入れた。




