第百二十八話 「海霧の朝」
長崎電脳居留区・早朝。
海霧が、
静かに港を流れていた。
昨夜までの異常感情波は、
もう消えている。
ネオン街。
坂道市場。
港湾屋台。
全部が少しずつ、
“いつもの長崎”へ戻り始めていた。
《EYES》が静かに表示する。
《長崎感情波》
安定化確認
⸻
Emotion Crash率低下
⸻
《EMOTION SIREN》完全停止
海上施設デッキ。
レンはゆっくり目を開けた。
「……生きてる?」
《EYES》が即返答。
《はい》
朝霧レン生存確認
「確認が軽いんだよ毎回!」
コメント欄爆笑。
《帰還!》
《新人卒業》
《レンお疲れ》
その時。
勢いよく足音。
「レン!」
美玲だった。
赤い瞳。
少し泣きそうな顔。
レンが笑う。
「よう」
次の瞬間。
美玲が思い切り抱きついた。
「うおっ!?」
「よかった……!」
コメント欄大爆発。
《抱きついた!?》
《青春》
《MAY-LINかわいい》
レンは少し赤くなる。
「お、お前」
「急に来るな!」
美玲は離れない。
「だって」
「帰ってきたから」
その声が、
少し震えていた。
レンは少し黙る。
そして。
「……心配かけたな」
海風が吹く。
ネオンが朝霧へ溶けていく。
その時。
ハヤトが缶コーヒーを投げてよこした。
「新人卒業おめでとう」
レンが受け取る。
「卒業祝い雑だな!?」
「現場はそんなもんだ」
黒犬も静かに頷いた。
「生きて帰れば合格だ」
「基準が怖ぇよ!」
藍華が笑う。
「でも」
「ちゃんとネットランナーになったね」
レンは少し止まる。
深圳ネットランナー職業訓練高等専門課程。
途中まで、
ただの資格だと思ってた。
でも今は違う。
人を守るための技術。
居場所を守るための力。
そう思えた。
その時。
長崎市街巨大ホログラムが切り替わる。
《速報》
長崎港感情異常沈静化
⸻
海上物流正常化開始
⸻
MAY-LIN LIVE世界同接記録更新
《同時接続:20億1000万人》
「20億ぉぉぉぉ!?」
レンが絶叫する。
コメント欄爆発。
《人類の1/5》
《化け物》
《世界歌姫》
美玲は少し困った顔だった。
「……増えた」
「増えたじゃねぇ!!」
ハヤトが笑う。
「世界規模で長崎守ったからな」
その時。
港町側から、
朝市の匂いが流れてきた。
焼魚。
中華粥。
港湾肉まん。
美玲の赤い瞳が反応した。
「……お腹空いた」
「空気ぶち壊すなぁぁぁ!!」
全員が笑う。
海霧の港町。
長崎電脳居留区。
その朝。
クルーたちはまた一つ、
“帰る場所”を守り切った。




