第百十二話 「朝の港町」
長崎電脳居留区・朝。
海霧が、
ゆっくり港を流れていた。
夜のネオンは少し薄れ、
代わりに朝焼けの光が石畳を照らしている。
港湾ドローン。
朝市屋台。
坂道を走る物流ロボ。
2092年なのに、
妙に人間臭い朝だった。
レンは港湾食堂の二階窓から外を見る。
「……長崎の朝って静かだな」
《EYES》が解析する。
《長崎電脳居留区》
朝間感情波
* 安堵
* 日常
* 労働準備
⸻
Emotion Crash率
『低』
「本当に落ち着いてるんだな」
その時。
下階から匂いが漂ってきた。
焼魚。
味噌。
中華粥。
完全に朝飯だった。
レンの腹が鳴る。
「……飯か」
コメント欄爆笑。
《朝飯回》
《平和》
《港町生活感》
食堂一階。
既にクルーが集まっていた。
ハヤトは新聞型ホログラムを見ている。
黒犬は無言で朝粥。
藍華は港湾ミルクティー。
そして。
美玲は。
「……おかわり」
「朝から二杯目!?」
港湾中華粥を普通に食べていた。
店主AIが反応する。
《MAY-LIN様》
『栄養バランスを最適化しました』
「長崎AI優しいな!?」
美玲は少し嬉しそうだった。
レンも席へ座る。
その時。
ハヤトがホログラム新聞を見ながら言った。
「長崎側市場が少し騒がしい」
空気が少し変わる。
「何かあったのか?」
ハヤトは画面を見せる。
《長崎港湾物流異常》
海上輸送データ一部消失
⸻
密輸ルート通信遮断
⸻
海上ノーマッド連合警戒強化
レンは眉をひそめる。
「事件か?」
「まだ分からん」
ハヤトは少し真面目だった。
「でも」
「長崎で物流が止まるのはデカい」
その時。
《EYES》が新警告を出す。
《異常感情波確認》
港湾外縁部
『Emotion Crash予兆反応』
空気が静まる。
美玲も画面を見る。
「……来るね」
レンは小さく息を吐く。
やっぱり。
平和なだけでは終わらない。
この世界は。
感情市場と、
AIと、
人間の欲望で動いている。
だが。
その時。
店主AIが朝定食を置いた。
《本日の港湾定食》
* 焼魚
* 中華粥
* ネオン漬物
* 海霧スープ
「ネオン漬物ってなんだよ」
全員少し吹き出す。
空気が少し戻る。
レンは思う。
こういう時間を守るために。
戦うんだろうな、と。




