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加先契続

作者: じゅラン椿
掲載日:2026/05/15

 管理人の蛍光灯は、消える前に、一度強く白く光る癖があった。その夜もそうだった。部屋が一瞬真っ白に染まってから真っ暗になる。


 その机の上には、死亡届の控えが一枚置かれていた。


 氏名 差唐 和夫

 生年月日 昭和二十三年 〇月 ▼日

 死因 空欄


医師の捺印だけが、黒くハッキリ残っていた。


差唐 和夫は、若葉ハイツ101号室の住人だった。

最後に誰かが彼を見かけたのは去年の十一月。

 

管理組合の集金袋をいつもより早くポストに投函していたという。それきりだった。


 半年が過ぎた。葬儀は家族葬と聞いていたが、家族は来なかった。最上に斎場にいたのは、近所の二人と施設の職員一人。骨壺は三十日以上引き取られず置かれていた。


 ある朝、管理人室のチャイムが鳴った。

ドアを開けると五十代後半の女性が立っていた。薄手のコートを着ていて、襟元の小さなシミが目に留まった。


 「差唐さん、もういないんですよね」管理人は静かに頷いた。

 「去年の暮れに亡くなりました」

女性は目を伏せゆっくり言った。

 「去年の夏、夜道で倒れていた私を差唐さんが見つけて、救急車を手配してくれ病院まで付き添っていただき、その後も様子を見に来ていただいたものです」

管理人は黙って聞いていた。

 「名前聞いていなくて、ずっと気になっていました」

女性は何か言いかけ、でも、言わず頭を下げ去って行った。


 二週間後、今度は別の六十歳くらいの男性が訪ねてきた。

作業着の袖が擦り切れ指先が油で黒ずんでいた。


 「二年前の冬、夜中の二時過ぎ、トラックのタイヤがパンクして、アタフタしていた時、差唐さんが通りかかり、スペアタイヤを貸してくださり、直していただきました」

 男性はポケットから煙草を出しかけたが管理人室では吸えないと気づいてすぐにしまった。

 「お礼を言いたかったんですけど・・・」


三月に入り、更に二人訪ねてきた。二人とも同じようなことを、語った。

 「助けてもらった、お世話になった」誰も差唐和夫とは、正式な関係はなかった。親戚でも友人でも近所付き合いすらなかった。


たまたまそこにいたときに、たまたま困った人を見かけた、ただ、それだけだった。


 四月になり新たな死亡届が、届いた。

 山本恵子


 去年の夏訪ねてきた、あの薄手のコートの女性だった。

死因は空欄、その一カ月後作業着の男性の死亡届けが届き、死亡届は空欄だ。


 管理人は書類をファイルに挟んだ。背表紙には何も書かない。

 五月・六月、誰も騒がない、誰も探さない、誰も繋がりを考えようとしない。



 七月のある夜、蛍光灯が強く白く光って、ばちんと消えた。暗闇の中、管理人はまだ誰も提出していない死亡届の様式を取り出した。


氏名欄に、ゆっくりとペンを走らせた。"差唐和夫"そこでペンを止めた。

 窓の外では、団地の明かりが一つ一つ消えていく。


 書類を机の引き出しに戻し、鍵をかけた。そして、電気を消した。


暗闇とその空気の中で、何かが、この先まで約束され、継続している。




誰も名前を正式に知らず、誰も関係を証明しない。「お世話になった」という記憶だけが薄く残り、連鎖していく。


 管理人はそれを眺め、やがて自分もその輪に入りかけるがそこで止まる。

 加先契続・・・この先まで約束は終わらない。空白が心に残れば、幸です。



最後まで拝読誠にありがとうございました。


♧♧♧じゅラン 椿♧♧♧♧♧

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