第九章 被らない理由
朝、目が覚める。
静かだ。
スマートフォンは鳴っていない。
メッセージもない。
理由がある。
距離を置いているからだ。
それは喧嘩ではない。
でも、日常から澄の存在が抜けると、部屋の空気は変わる。
恋人がいなくなると、
部屋は広くなる。
でも、広い部屋は寒い。
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洗面所。
蛍光灯。
いつも通りの白。
鏡の中に、つるっぱげがいる。
僕だ。
何も変わらない。
でも昨日までと違うのは、
“見られる前提”がないこと。
今日は澄と会わない。
今日は誰にも見せる必要がない。
だから帽子を被らない――
そう思って、僕は止まる。
それは違う。
“見せる相手がいないから被らない”は、
ただの消極的選択だ。
僕は深呼吸する。
そして決める。
今日は被らない。
理由は一つ。
――自分のために。
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外に出る。
快晴。
最悪のコンディション。
直射日光。
僕の頭は、太陽光を全力で反射する。
眩しい。
でも歩く。
視線はある。
気のせいじゃない。
実際にある。
でも今日は、不思議と刺さらない。
なぜなら今日は、
誰かにどう思われるかより、
自分がどう立つかを考えているからだ。
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駅。
ホーム。
ガラスに映る自分。
黒スーツ。
疲れた顔。
つるっぱげ。
でも、今日は帽子がない。
被らない理由が、
「守るものがないから」じゃない。
「守らないと決めたから」だ。
それだけで、立ち方が変わる。
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面接。
三人。
ハゲ社会力学理論によれば、三人は危険。
でも今日は、違う。
「志望動機をお願いします」
話す。
目を逸らさない。
頭も隠さない。
視線が落ちる。
0.3秒。
でも今日は、その0.3秒に怯えない。
「個性的ですね」
また来た。
でも僕は言う。
「覚えていただけるなら、光栄です」
少し笑いが起きる。
前より自然だ。
自虐じゃない。
事実として扱う。
ハゲは事実。
でも評価は、そこから始まらない。
そこから始めない。
僕が。
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結果はまだ分からない。
でも、帰り道の気分が違う。
落ちるかもしれない。
でも今日は、自分を隠さなかった。
それだけで、少しだけ前進だ。
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夜。
コンビニ帰り。
強い風。
以前なら即帽子だった。
今日は押さえるものがない。
風が頭皮を撫でる。
冷たい。
でも、悪くない。
思い出す。
橋の上。
告白の日。
澄の声。
「温かいですね」
僕は笑う。
今は冷たい。
でも、生きている。
ちゃんと。
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数日後。
不採用メール。
「ご縁がなく」
慣れているはずなのに、やっぱり刺さる。
でも今日は違う。
僕は帽子に手を伸ばさない。
代わりに、履歴書を開く。
修正する。
改善点を書く。
自分を責める代わりに、分析する。
それは小さな変化だ。
でも大きい。
自己否定は楽だ。
全部を“自分の欠陥”にすればいい。
ハゲだから。
魅力ないから。
社会に合わないから。
でもそれは思考停止だ。
本当は、戦略が足りないだけかもしれない。
企業との相性かもしれない。
単純に倍率かもしれない。
全部をハゲに押し付けるのは、
楽だが卑怯だ。
僕は初めて、それに気づく。
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一週間後。
面接。
同じ質問。
同じ視線。
でも僕は変わらない。
頭を隠さない。
声も震えない。
面接官の一人が言う。
「印象に残りますね」
今度は違う響き。
僕は答える。
「忘れられないのが取り柄です」
軽い笑い。
でも今回は、嫌味じゃない。
自分を下げていない。
ただ、事実を軽く置いただけ。
それが、自虐との違いだ。
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帰り道。
スマートフォンが震える。
通知。
知らない番号。
心臓が鳴る。
出る。
「真壁さんですか?」
企業名。
結果。
「ぜひ次の選考に進んでいただきたく」
一瞬、意味が分からない。
頭が真っ白。
白は慣れている。
でも今回は違う。
これは、否定じゃない。
肯定だ。
僕は深呼吸する。
「ありがとうございます」
声が震える。
でも、嬉しい。
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電話を切る。
駅のホーム。
空を見上げる。
晴れ。
直射日光。
頭が光る。
でも今日は、それが祝福みたいに思える。
反射は、欠陥じゃない。
存在証明だ。
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その夜、澄にメッセージを送る。
迷う。
送っていいのか。
距離を置いている。
でもこれは、“依存”じゃない。
報告だ。
「今日、次の選考進めた」
短い文。
送信。
既読。
少し間があって、返信。
「よかったですね」
それだけ。
絵文字なし。
でも冷たくない。
僕は画面を見ながら、思う。
今はこれでいい。
距離はある。
でも断絶じゃない。
僕が変わる時間。
その途中だ。
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鏡の前。
つるっぱげ。
変わらない。
でも今日は、胸を張れる。
毛は生えない。
でも、少しだけ自信が生えた。
帽子を被らない理由は、
守るものがないからじゃない。
自分を隠さないと決めたからだ。
距離は置かれた。
でも僕は、止まらない。
止まらない限り、
終わりじゃない。




